第137話 暁というパーティー。
ディアブロたちは前方にいる探索者たちの姿を確認すると、こういう時の為にあらかじめ用意しておいた仮面を取り出し、それぞれ素早く顔へと装着する。
黒盤の覇道が目指しているものは、あくまでもこの世界の支配であり、その目的を果たすまでは自分たちの素性を出来る限り知られたくないという考えがあったからだ。
もっとも、ディアブロに関してはパーティー申請を行った際に既に素顔を晒してしまっている為、今さら仮面で隠したところでどれほど意味があるのかは分からない。
それでも他の者たちが仮面を被っている中で一人だけ素顔を晒しているというのは何とも見栄えが悪く、余計な違和感を与えない為にもディアブロは同じように顔を隠すことにした。
そうして互いの距離が縮まったことで、暁と黒盤の覇道は初めて真正面から顔を合わせることとなり、しばし双方が相手の様子を窺うような空気が流れる。
その沈黙を最初に破ったのは、暁の先頭に立っていたリーダー――「成瀬 正清」であった。
「‥‥見ない顔だな。最近、この層まで来たのか?」
その声に警戒や敵意といったものは感じられず、あくまでも同じ場所を探索する者同士の世間話といった程度の問い掛けであった。
だが、ディアブロがそれに返事をすることはなく、仮面の奥から成瀬を見つめたまま黙っていた為、代わりに水瀬が一歩前へ出て丁寧に頭を下げる。
「そうです。私達は『黒盤の覇道』と言うパーティーです。よろしくお願いいたします。」
その挨拶は普段の水瀬からすればかなり丁寧なものであった。
暁は黒盤の覇道よりも遥かに長く探索者として活動している先輩であり、現状では自分たちよりも先の階層へ到達しているパーティーでもある。
ならば、探索者として相応の敬意を持って接するのは当然のことであり、水瀬もその辺りを弁えていた。
だが、そんな中で一人だけ少し違った反応を見せる者がいた。それは普段なら最も周囲に合わせようとしないディアブロではなく――意外にも雫であった。
雫はまだ自分に力が足りなかった頃、少しでも強くなる為の手掛かりを得ようと、ネットで数多くの探索者について調べていた。
その過程で実際の探索映像を何度も見返したり、テレビで放送されたインタビューを欠かさず確認したりしているうちに、いつしか単なる情報収集の範囲を超えて探索者そのもののファンとなっていたのである。
そして、そんな雫が数多く存在する探索者パーティーの中でも特に高く評価し、個人的なランキングで五本の指に入るほど推していたパーティーこそが――今まさに目の前にいる暁であった。
憧れていた探索者を映像越しではなく実際に目の前にした時、人は一体どのような反応を見せるのか。その答えは、雫がほとんど反射的に一人の女性へ駆け寄ったことで明らかとなる。
「すいません!!サインくださいっ!!」
勢いよく差し出された色紙の先にいたのは、暁のパーティーメンバーであり、弓使いでもある「橘 夕実」であった。
突然のことに夕実は何度か瞬きを繰り返し、差し出された色紙と雫の顔を交互に見ながら、自分を指差す。
「えっ‥‥私?」
「はい。実は、自分は夕実さんの大ファンなんです!!どんな時でも冷静でいて周りを誰よりも見ることが出来ていて、影からみんなを支えている。そんな夕実さんに憧れているんです!!」
普段の雫からは考えられないほど興奮した声であり、いつもの俺口調は一体どこへ飛んで行ったのかと思うほど、その姿は完全に憧れの人物を前にした一人のファンそのものであった。
そんな雫の勢いに夕実も最初こそ面食らっていたものの、特に嫌がる様子を見せることもなく、やがて小さく笑みを浮かべると差し出された色紙を受け取り、慣れた手付きでサインを書いていく。
その一連の光景を少し離れた場所から眺めていた水瀬は、仮面の奥で何とも言えない表情を浮かべながら小さな溜息を吐くと、雫が突然騒がしくしてしまったことを謝るように暁のリーダーである成瀬へ頭を下げた。
だが、成瀬は特に気分を害した様子もなく、むしろ気にしなくていいと言わんばかりに軽く手を横へ振る。
そして雫と夕実のやり取りを一度だけ横目で確認すると、改めて水瀬たちへと視線を戻し、少し考えるような間を置いてから一つの提案を口にした。
「‥‥どうだろう。互いにこの辺を探索しているのだから、情報交換も兼ねて休憩にしないか?」
突然の提案に水瀬はすぐ返事をすることなく、一度全員の意思を確認するように周囲へ視線を巡らせる。
もっとも、それはあくまでも表向きの行動であり、本当に確認する必要がある相手は一人だけで、水瀬が最後にディアブロへ視線を向けると、彼は何も言わず静かに頷いた。
それだけで十分だった水瀬は小さく頷き返すと、再び成瀬へと向き直り、その提案を受け入れることにする。
「分かりました。ですが、自分たちはこの辺りに来るのは初めてなので、教えられることはあまりないのですが‥‥よろしいでしょうか?」
「初めて‥‥?」
水瀬の言葉を聞いた瞬間、それまで穏やかな表情を浮かべていた成瀬の眉が僅かに動き、その視線が改めて黒盤の覇道の面々へと向けられる。
成瀬が驚いたのは、水瀬たちが情報をほとんど持っていないことではなく、この場所を探索するのが初めてだと口にしたことそのものだった。
この層まで初めて辿り着く探索者の多くは、それまでの戦闘や長時間の探索によって身なりはボロボロになり、服には土や魔物の血が付着し、洞窟内の埃や汚れで顔まで黒ずんでいるのが普通だからだ。
ところが、目の前にいる黒盤の覇道はまるで違う。
仮面を被っている為に表情までは確認出来ないものの、装備や衣服には激しい戦闘を潜り抜けてきたとは思えないほど目立った汚れがなく、立ち姿にも疲労らしいものはほとんど見られない。
それどころか先ほどから聞こえてくる声にも息切れや消耗した様子はなく、この階層へ初めて足を踏み入れた者たちとは思えないほど余裕が感じられた。
だからこそ成瀬は、黒盤の覇道も自分たちと同じように何度もこの辺りを探索しているパーティーなのだと、無意識のうちに決めつけてしまっていたのである。
しかし、水瀬がわざわざそんな嘘を吐く理由も見当たらない。
改めて彼女たちの姿を眺めた成瀬は、その事実が意味するものを薄々感じ取りながらも深く追及することはせず、やがてフフッと軽い笑みを浮かべると――
「あぁ、問題ない。こっちが知っていることを教えるだけでも構わないさ」
そう答え、黒盤の覇道との情報交換を受け入れるのであった。




