第134話 主を守る者。
そのディアブロの一言は、水瀬と雫の心を大きく揺さぶるには十分過ぎるものだったが、当の本人は二人の動揺などまるで気にしていない。
それどころか、驚き固まる二人の顔を横目で確認すると、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべ、そのまま何事もなかったかのように洞窟の奥へと歩き始めてしまう。
だが、このまま進めば死ぬかもしれないと告げられて、黙ってその背中についていけるはずもない。
水瀬と雫は互いに顔を見合わせる余裕すらなく、遠ざかっていくディアブロの背中を追いかけながら、その歩みを止めようと必死に声を掛ける。
「ちょ、ちょっと待ってよ!!ディア!!死ぬかもしれないってどういうこと!?」
「あぁ、今までは黙っていたけどよぉ~~死ぬって言われれば黙ってられないぞ!?」
二人の声が薄暗い洞窟の中に響き渡るが、ディアブロは振り返るどころか歩く速度すら緩めず、全く聞く耳を持とうとしない。
そんな三人と一匹がさらに奥へ進んだところで、まるで二人の問いを強引に遮るかのように、前方の暗闇から岩同士を擦り合わせるような重い音が響き始めた。
やがて暗闇の中から姿を現したのは、全身が硬い鉱石によって形作られた巨大な人型のモンスターだった。
岩石を無理やり人の形に組み上げたような無骨な体を持ち、その胸部の中央には周囲の薄暗さとは対照的な赤い球体が埋め込まれており、探索者たちの間ではその特徴的な姿から――
『鉱石ゴーレム』と呼ばれている。
鉱石ゴーレムは人間のような思考を持たず、自らの前に現れた者を無差別に襲うモンスターである。
その性質通り、こちらの姿を認識した瞬間に最も近くにいたディアブロへ狙いを定めると、床を震わせるほどの勢いで踏み込み、岩塊のように巨大で硬い拳を容赦なく振り下ろした。
しかし、その拳がディアブロの体に届くことはなく、激しい衝突音と共に空中で完全に止められる。
ディアブロが動くよりも早く前へ飛び出したベガがその攻撃を受け止めており、ゴーレムが姿を現した瞬間には誰よりも早く戦闘態勢を整え、自らの主を守る為に行動していたのだ。
攻撃を止められたゴーレムは、すぐさま狙いをディアブロから目の前のベガへと変更する。
重い腕を再び振り上げると、今度はベガを叩き潰そうと何度も拳を振り下ろすが、その巨体から繰り出される攻撃をベガは地面を蹴りながら軽やかに躱し続け、拳が叩きつけられる度に洞窟の床から細かな石片と砂埃が舞い上がった。
この狭い洞窟という地形では、巨体を持つゴーレムよりも体が小さく、縦横無尽に動き回ることが出来るベガの方が圧倒的に有利だった。
ゴーレムが大きく腕を振るう度にベガは僅かな隙間を縫うように位置を変え、その動きを完全に翻弄しており、ゴーレムはベガの速度に全くついて行くことが出来ていない。
だが、いくら攻撃が当たらなくともゴーレムの動きが鈍ることはない。
生物とは異なり疲労というものが存在しないゴーレムは、何度拳を振り下ろそうが、どれだけ巨体を動かそうが息を切らすこともなく、最初と変わらぬ速度と威力で攻撃を繰り返し続けることが出来るのだ。
無限に近いスタミナを持つ相手に長期戦を挑むなど、無謀も良いところ。
故にベガも最初から長々と付き合うつもりなどなく、振り下ろされた巨大な拳を紙一重で躱した瞬間、一気にゴーレムの懐へと潜り込み、その胸部の中央で赤く輝いている球体へ狙いを定めた。
次の瞬間、ベガの体から迸った黒い雷が洞窟内を一瞬だけ照らし出し、鋭い雷鳴と共に赤い球体へと直撃する。
黒い雷をまともに受けた球体には無数の亀裂が走り、その直後に砕け散ると、先ほどまで激しく動いていたゴーレムの巨体から一瞬にして力が抜け、そのまま大量の砂埃を巻き上げながら地面へと崩れ落ちた。
「わおーーーん!!」
動かなくなったゴーレムの上へ軽々と飛び乗ったベガは胸を張り、洞窟の奥まで響き渡るほど大きな勝利の遠吠えを上げる。
その姿だけを見れば戦いは完全に終わったかのようにも思えたが、ディアブロたちにとっては、これが25層での戦いの始まりに過ぎなかった。
ベガの遠吠えが洞窟の奥へ消えていった直後、前方の暗闇から先ほどと同じ重い足音が一つ、二つと聞こえ始める。
しかも、その数は徐々に増えていき、やがて洞窟の床を細かく震わせるほどの音へと変わると、暗闇の中から赤い光を胸に宿した鉱石ゴーレムたちがぞろぞろと群れを成して姿を現した。
一体だけでも人間を容易に叩き潰せるほどの巨体が、狭い洞窟を埋め尽くすようにこちらへ近づいてくる。
その光景を目にした水瀬と雫は先ほどまでディアブロを問い詰めていたことなど一旦頭の隅へ追いやり、それぞれが武器を握り締めると、ベガと並ぶようにしてすぐさま戦闘態勢を整えた。
そんな三人の様子を後ろから眺めていたディアブロは、自分だけは戦うつもりがないと言わんばかりに一歩後ろへ下がり迫ってくるゴーレムの群れを前にしても一切の緊張を見せることない。
そして、いつもと変わらぬ余裕を含んだ声で告げる。
「‥‥じゃあ、お前ら頑張れよ。」
その一言を合図にしたかのように先頭のゴーレムが地面を強く踏み締め、巨大な拳を振り上げながら一気に距離を詰めてくる。
それと同時に水瀬と雫、そしてベガも地面を蹴って前へ飛び出し、25層での本格的な戦闘が始まった。




