第133話 新層。
「‥‥おい。どういうつもりだ。なぜ‥‥邪魔をした。」
ディアブロは低く押し殺した声を漏らしながら、水瀬のことを鋭く睨みつけた。
その目に先ほどまで春宮として見せていた穏やかさは欠片も残っておらず、纏う空気までもが一変し、完全に覇王ディアブロのものへと切り替わっている。
普通の人間であれば、その視線を真正面から受けただけで身体が竦み、まともに言葉を返すことすら出来なくなるだろう。
しかし、水瀬は違った。ディアブロから向けられる圧など何でもないかのように平然とした表情を浮かべたまま、いつもと変わらない口調で言葉を返す。
「あのまま戦闘になったらディア‥‥間違いなく相手のことを潰すでしょ?まぁ、それは百歩譲って別にいいけど‥‥今日はダメでしょ?だって、今日は予定があるんじゃん。」
「‥‥予定をずらせばいいだけだろ。」
ディアブロにとって予定など後からどうとでもなるものに過ぎないのだろう。だが、水瀬はその返答を聞いても引き下がることなく、むしろ呆れたように小さく息を吐いてから言葉を続けた。
「じゃあ聞くけど、ディアにとって、あの人を潰すことは何よりも優先すべきことなの?私達の成長よりも大切な物なの?私はそうは思えないけど。」
「‥‥‥‥」
水瀬から真正面に正論をぶつけられ、ディアブロは何も言い返すことが出来なかった。
相手を潰すことなど、ディアブロにとってはその気になればいつでも出来ることであり、それよりも水瀬たちの成長を優先すべきなのは間違いない。
「‥‥分かった。」
しばらく水瀬を睨んでいたディアブロであったが、やがて諦めたように視線を逸らして納得するのであった。
こうして多少の騒動こそあったものの、それ以上の問題が起こることはなく、新学期一日目は無事に終わりを迎えた。
◇
――ダンジョン 第25層
学校を終えたディアブロたちは、予定通りダンジョンへと足を運び、新たな階層の攻略を開始していた。
これまで踏破してきた階層とは違い、ここから先は公開されている情報も徐々に少なくなっていくため、自然と水瀬たちの表情にも僅かな緊張が浮かんでいる。
「それで今日はどこまで予定なの?」
「‥‥30層まで行く。」
「30層‥‥。」
その言葉に水瀬と雫の表情が僅かに引き締まる。
30層、それは現在の探索者たちにとって最高レベルの領域であり、そこまで辿り着ける者自体が極めて少ないため、公開されている情報もほとんど存在しない。
どのようなモンスターが生息し、どのような環境が待ち受けているのかさえ定かではない以上、これまでとは比べ物にならないほど慎重に進む必要がある。
「‥‥ディアから見て、私達の力で30層はやっていけるの?」
水瀬は歩みを止めることなく、隣を進むディアブロへと視線を向けながら尋ねた。
現状、水瀬自身も戦闘力という面ではそこまで危機感を抱いていない。これまでの階層で現れたモンスターを相手にしても十分に戦えており、自分たちが着実に強くなっているという実感もある。
しかし、それが未知の領域である30層でも通用するのかとなれば話は別であり、自分たちの実力を誰よりも正確に把握しているディアブロに聞いておく必要があった。
そして、そんな水瀬の問いに対するディアブロの回答は――
「正直、半々だ。だから30層からは俺も力を使う。」
「‥‥ディアも?」
その言葉は、水瀬たちパーティー全員にとって非常に重い意味を持っていた。
これまでディアブロは、戦闘が始まっても基本的に後方から見ているだけであり、自ら積極的に戦闘へ参加することはほとんどなかった。
それは自分が手を出さなくても水瀬たちだけで勝てると断定していたからこその行動であり、そんなディアブロが30層からは自分も戦うと言ったのだ。
つまり、それは――30層にはディアブロでさえ手を焼くようなモンスターが存在する可能性があるのではないか。
水瀬だけではなく、隣で話を聞いていた仲間たちも同じ考えに至ったのだろう。先ほどまでとは明らかに空気が変わり、全員の表情に隠しきれない不安が滲み始める。
「それは‥‥本当に大丈夫だよね?何か、凄く不安だけど‥‥」
「はぁ?お前‥‥俺のこと舐めているだろ?」
「え?」
ディアブロは心底信じられないとでも言いたげに眉間へ皺を寄せると、水瀬へ鋭い視線を向けながら口を開いた。
「お前、俺が30層程度のモンスターに負けるかもしれないとか思っているのか?」
そう。ディアブロが戦うと言った理由は、決して30層に出現するモンスターが自分でも負けるかもしれないほど強いからではない。
むしろ、ディアブロにとって重要なのは勝敗などではなく、本来の力を取り戻すために必要となる能力の解放、そのための養分として30層のモンスターが使える可能性があるからだった。
現在のディアブロは、本来持っていた力の大半以上を失っている。
その力を取り戻すためには一定以上の力を持つ存在を倒していく必要があるのだが、これまで遭遇してきたモンスターでは、能力を解放するための養分としてはあまりにもカス過ぎた。
わざわざ自分が戦ったところで得られるものなどほぼ0に等しく、それならば水瀬たちの成長に利用した方が遥かに有意義だったため、これまではほとんど戦闘に参加してこなかったのである。
だが、それも30層まで到達すれば話が変わってくる。
ある程度の深い階層に生息するモンスターであれば、これまでの雑魚よりは多少なりともマシな養分になる可能性があるからこそ、ディアブロは自分も戦うつもりでいた。
しかし、そんな事情など今まで聞かされていなかった水瀬たちにとって、その事実はまさに寝耳に水であった。
そして、その事実を知ったパーティーは――
「じゃあ!!ディアって力の10%しか使えていないの?」
「あぁ、正確には15%だがな。以前に、それなりのモンスターを倒して5%解放できたからな。」
「15%‥‥。」
水瀬は思わず足を止めそうになりながら、目の前を歩くディアブロの背中を見つめる。
これまで自分たちが圧倒的だと思っていた力でさえ、本来のディアブロからすれば僅か15%に過ぎない。その事実をすぐには飲み込めず、水瀬は僅かに目を見開いたまま、改めて確認するように尋ねた。
「じゃあ30層に行ったからと言って‥‥負ける心配はない?」
「当たり前だ。俺がその程度の雑魚に負けるわけがない。」
ディアブロは迷うことなく断言する。その声音には強がりも慢心もなく、ただ当然の事実を口にしているだけだと言わんばかりの絶対的な自信が込められていた。
「あっ、でも、お前らは普通に死ぬかもな。そのままだと。」
「‥‥え?」
先ほどまでの不安を払拭するような言葉から一転し、さらりと告げられた一言に水瀬と雫の表情が固まる。
そんな仲間たちの反応を見ながら、ディアブロは口元をゆっくりと吊り上げると、何かを企んでいることだけは一目で分かる含みのある笑みを浮かべるのであった。




