第132話 生意気な提案。
新学期初日の授業は、これといった問題も起こることなく無事に終わった。
放課後を告げるチャイムが鳴り響けば、教室の中では生徒たちが一斉に帰り支度を始め、椅子を引く音や鞄を閉じる音がそこかしこから聞こえてくる。
ディアブロたちも特に教室に残る理由はなく、そのままいつも通り下校しようと席を立ったのだが、教室を出ようとしたところでCクラスの男子数人が進路を塞ぐように立ちはだかった。
「ん?一体何の用ですか?」
ディアブロは足を止めると、あくまでも春宮として振る舞うために普段の口調で問い掛ける。すると、先頭に立っていた男子はディアブロを真っ直ぐに見据えたまま、少しの間を置いて口を開いた。
「‥‥今から、お前らの力を確認する。」
突然告げられたのは、ディアブロからすれば全く意味の分からない言葉だった。
「いきなりなんですか?力を確認するってどういうことですか?」
表面上は穏やかな表情を崩さず、ディアブロは優しい口調で聞き返した。
しかし、その内心では目の前の連中に対する苛立ちが急速に膨れ上がっており、今すぐにでもこの生意気な人間共を殺してやりたいという物騒な感情が湧き上がっていた。
もちろん、そんなディアブロの内心など微塵も理解できていない男子たちは、自分たちがどれほど危険な相手に喧嘩を売っているのかも知らないまま何事もないように言葉を続ける。
「その言葉通りだ。お前が俺達のクラスに相応しいのかを確認するんだ。そして、その力が相応しくないと判断した場合には、俺達はお前たちをクラスメイトとは認めない。」
随分と上から目線で言い放たれたその言葉を聞きながら、ディアブロは表情こそ変えなかったものの、内心では呆れに近い感情を抱いていた。
そもそも、お前たちが俺達のことをクラスメイトだと思わないから何だと言うんだ。そんなものはこちらにとって何の不利益にもならず、むしろ余計に関わってこなくなるのであれば、その方がありがたいとすら思える。
だが、それとこれとは話が別だった。
ここまで人間に生意気な態度を取られ、好き勝手なことを言われながら何もせずに引き下がるというのも、ディアブロとしては到底納得できるものではない。
故に、ディアブロは僅かな時間ではあるが迷っていた。
このまま相手にせず、無視して立ち去るのが最も賢い選択であることは理解している。だが、ここで何もせずに引き下がれば、目の前の連中だけでなく、周囲でこちらの様子を窺っている他の生徒たちからも舐められ続ける可能性がある。
面倒事を避けるか、それとも今後面倒事が起こらないように最初に力の差を叩き込んでおくか。
その二つの選択肢を天秤に掛けた末、ディアブロが出した結論は――後者の感情を優先するというものだった。
「いいだろう。その提案――」
受けてやろう。
そう言い切ろうとした、その瞬間だった。
背後から突然伸びてきた手がディアブロの口をガシッと塞ぎ、言葉の続きを強制的に封じ込める。もちろん、そんなことを躊躇なく出来る人物など一人しかおらず、その手の持ち主は水瀬だった。
「ん”ん”っ!!ん”ん”!!」
口を塞がれたディアブロが抗議するように声を漏らし、水瀬の手を退けようとする。
しかし、水瀬はいつもの何倍もの力を込めてその手を固定しており、何があってもディアブロに続きを喋らせるつもりはないらしい。
水瀬がここまで必死になってディアブロの言葉を遮ったのには、もちろん明確な理由がある。
実は今日、学校が終わった後は雫と合流し、そのままダンジョンの新層へ向かう予定になっていたのだ。
ただでさえ時間の掛かる予定である以上、ここで突然持ち掛けられた戦闘など受けてしまえば、その予定は完全に流れてしまう。
だからこそ、水瀬は何としてでもこの場で話を終わらせる必要があった。
「皆さんの提案はよくわかります。私達がFクラスから来て、その実力を確かめたいのは重々理解できますが、こちらにもこちらの予定がありますので、急にそのようなことを申されましても受けることは出来ません。ですので、日を改めてもらうことは出来ませんか?」
ディアブロの口を片手で塞いだまま、水瀬は先ほどまで高圧的な態度を取っていた男子たちに対して、かなり丁寧な口調でお願いする。
しかも、水瀬はただ言葉を並べるだけではなかった。
申し訳なさそうに僅かに眉を下げ、相手の目を真っ直ぐに見ながら柔らかな声音で訴え掛ける。その表情や仕草まで含めてお願いされてしまえば、先ほどまで威勢よくディアブロたちの前に立ちはだかっていた男子たちも、強引に押し通すことなど出来なかった。
「まぁ、そうだよな。」
「‥‥確かに、急すぎるよな。」
先ほどまでの高圧的な態度はどこへ行ったのか、男子たちは互いの顔を見合わせながら急速に勢いを失っていく。
その変わりようを見ながら、水瀬は内心で安堵しつつも、未だに自分の手の中で何かを言おうとしているディアブロの口だけは決して離さなかった。
そうして話し合った結果、今日この場で実力を示すという話はひとまず流れ、改めて今週の金曜日の放課後に行うこととなった。




