第129話 新クラス。
「はい。これ、今月分だ。」
「あ、うん‥‥ありがとう。」
ディアブロはそう言って、手にしていた一通の封筒を水瀬へと差し出した。中には今月分の生活費が入っており、水瀬は少し申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、両手でそれを受け取る。
「ごめんね。いつも渡してもらって。」
「‥‥気にするな。これは契約内容の一つだ。」
そう。ディアブロは水瀬を仲間にすると決めた時、彼女に必要な金は全て自分が負担すると約束している。もちろん、今こうして渡している生活費は、日々のダンジョン活動によって発生する水瀬への給料とは完全に別のものだ。
既に水瀬は、個人の稼ぎだけでも家族を十分に養っていけるだけの金を手にしている。そのため、これまでにも何度か「もういいよ」とディアブロに伝えているのだが、その度に契約だからと一蹴され、結局今もこうして毎月欠かさず渡され続けていた。
最初の頃と比べれば受け取ることにも慣れてきたとはいえ、やはり多少の申し訳なさは残っているのだろう。水瀬は受け取った封筒を鞄へと大切そうにしまうと、空気を切り替えるように顔を上げた。
「それより今日から新学期だね。私達の高校生活もあと一年と少しかぁ。」
「まぁ、そうだな。」
「正直、いい思い出は全くない。でも、今からもそうとも限らないよね?だって、私達‥‥Fクラスじゃないんだし!!」
最後の言葉だけは明らかに声が弾んでおり、水瀬の表情にも自然と笑みが浮かんでいる。そんな彼女の様子を横目に見ながら、ディアブロは普段と変わらない調子で短く返した。
「そうだな。」
一学期最後の試験を終え、今日から二学期が始まる。この育成学校では学期ごとの成績によって所属するクラスが変動する仕組みとなっており、一学期の成績を基にした再編成の結果、ディアブロと水瀬は揃ってCクラスへと昇格していた。
FクラスからCクラスへの一気の昇格。それはこの学校が創立されてから今まで、誰一人として成し遂げたことのない異例の結果だった。
これまで最底辺であるFクラスに所属していた二人が、僅か一学期で三段階も上のCクラスへと駆け上がったのだから、学校側からしても無視できないほどの成績を残したということなのだろう。
「Cクラスって誰がいるんだろう。Fクラスの人もいるかな?」
「さぁーーな。何人かはいるんじゃないか?でもほとんどはEクラスかDクラスだろ。」
「そうだね。でも、私的にはディアもCクラスに配属されたことに驚いている。だって、試験中はほとんど動いてなかったでしょ?」
水瀬の言葉に、ディアブロも僅かに視線を上へ向けながら一学期最後の試験を思い返す。確かに試験中、自分から積極的に動いた記憶はほとんどなく、本来ならここまで大きく評価されるような立ち回りはしていない。
「多分、Aクラスの優秀な二人を倒したことが大きいんじゃないか?単独で撃破したことになっているからな。」
「あーーそういうことね。あの二人‥‥今頃、どうしてるかな?」
先ほどまで明るかった水瀬の声が、ほんの僅かに落ち着いたものへと変わる。その変化を聞き逃さなかったディアブロは、水瀬へと視線を向けた。
「心配なのか?」
「まさか、そんなじゃないよ。ただ、ディアの‥‥春宮くんの幼馴染だったからね。中身はあれだったけど、少しの興味ぐらいはあるよ。」
水瀬が一瞬だけ言葉を詰まらせたのは、ディアブロと春宮湊をどう呼び分けるべきか迷ったからだろう。今ここにいる存在をディアブロとして認識している彼女にとっても、あの二人との関係だけは春宮湊のものとして考えなければならなかった。
一学期の最終試験でFクラスとAクラスがぶつかった際、春宮の幼馴染である二人はクラスの勝利ではなく、自分達の感情を優先して俺と水瀬へ襲い掛かって来た。
本来、あの試験でディアブロは一切の力を行使するつもりなどなかった。
春宮湊として必要最低限の結果だけを残すつもりだったにもかかわらず、あの二人が執拗にこちらへ向かって来たことで、その予定は大きく狂わされることになったのだ。
だからこそ、仕方なく戦った。
そして戦う以上、中途半端に手加減して長引かせるつもりもなかったディアブロは、二人との間に存在する圧倒的な力の差を見せつけた。
その結果、二人は自らの感情を優先して試験そのものを台無しにしようとした代償として、学校を退学することになったのだ。
それだけではない。
もう二度とこちらへ関わらないよう、魂そのものを縛る契約まで織り込んである。契約が存在する以上、あの二人が再び自分達の前に現れることはなく、こちらから関わる理由もない。
故に、今どこで何をしていようと関係のないことだ。
俺達とあいつらが、再び交わることはないのだから。
「‥‥もう関係ないことだ。気にするだけ無駄だ。」
「そうだね。じゃあ、今日から授業を頑張ろう!!」
水瀬もそれ以上話題を引っ張るつもりはなかったのか、すぐにいつもの明るい表情へと戻ると、気持ちを切り替えるように一歩先へ踏み出した。
Fクラスではなく、今日から二人が所属することになるCクラス。
これまでとは違う教室、違う生徒達、そして新しく始まる二学期の学校生活へ向けて、二人は並んで新たな教室へと歩いていくのであった。




