第127話 本音をぶつけ合った。
ディアブロを中心として黒い闇が一気に広がり、瞬く間に水瀬と雫を呑み込んだ。
突然視界が塗り潰されたかと思えば、次の瞬間には三人の周囲から洞窟の壁も地面も消え去り、どこまでも果てが見えない黒一色の空間へと変貌していた。
「な、なにするのディア!!」
「ここ何処だよ!?」
突然の出来事に二人共かなり慌てており、水瀬は何が起こったのか分からず周囲を見回し、雫も警戒するように辺りへ視線を走らせている。
だが、ディアブロはそんな二人の反応など気にも留めず、何もない空間へ片手を伸ばすと黒い靄が集まりだして、それが徐々に形を成して重厚な黒い王座へと変わった。
そしてディアブロは当然のようにそこへどっしりと腰を下ろした。
「この空間は我が全てを支配している。重力、空気、気温、その全てが我の思いのままだ。そして我は今から、この空間に一つの縛りを設定する。それは”本心を隠せない”という縛りだ」
「え?でも、ディア!!そんなことをしたら‥‥全部、表に出ちゃうじゃない。そんなことをしたら、これからの活動に響くかもしれないんだよ?」
水瀬はその言葉を聞いた瞬間に顔色を変え、慌ててディアブロを止めようとする。
自分の本心を強制的に口にさせられるなど、誰だって抵抗したくなるのは当然であり、ましてやこれからも同じパーティーとして活動していく相手に、胸の奥へ押し込めていた感情を知られることへの恐怖は大きい。
だが、そんな水瀬の必死な訴えを前にしても、ディアブロの表情は僅かにも動かなかった。
「だから何だ?」
たった一言で切り捨てると、ディアブロは王座に深く腰掛けたまま二人を見下ろす。
その態度から考えを変えるつもりが一切ないことを悟ったのか、水瀬が言葉を詰まらせる横で、今度は雫が一歩前へ出た。
「それは止めてくれ。ちゃんと自分たちで話せるから」
雫も真剣な表情でそう訴えるが、ディアブロは静かに首を横へ振った。
「その機会は幾らでもあった。それを無視したのはお前達だ。では、始めるぞ――」
ディアブロが片手を持ち上げ、二本の指を重ねる。
「パチン!!」
乾いた音が黒い空間に響き渡った瞬間、目には見えない何かが波紋のように広がり、空間そのものへ染み込んでいく。それこそがディアブロの設けた縛りであり、この瞬間から二人は胸の奥に抱えている本心を隠すことが出来なくなった。
「じゃあ、互いに思っていることを話せ。まず、水瀬からだ」
「――くっ!!」
水瀬は唇を固く結び、歯を食いしばることで何とか口を開かないように抵抗する。だが、どれだけ力を込めても自分の意思とは関係なく唇が震え始め、閉ざしていた口が少しずつ開いていく。
喉の奥から言葉がせり上がってくる感覚に、水瀬は必死に抗おうとするが、この空間を完全に支配しているディアブロの力へ逆らえるはずもなかった。
そして――
「‥‥私は、雫ちゃんに‥‥嫉妬した」
絞り出すような声と共に、決して口にしたくなかった本音が漏れた。
その言葉を聞いた雫の目が僅かに見開かれる。しかし、水瀬はもう止まることが出来ず、一度胸の奥から吐き出してしまった感情は、それまで堰き止められていた水が一気に溢れ出すように次から次へと言葉へ変わっていった。
「私が諦めたことを雫ちゃんはずっと続けていて、そのお陰で初日から私並みに戦えていて、ディアも満足そうにそれを見ていて‥‥心が苦しかった。私が雫ちゃんのように自分の力を磨く努力を止めていなかったら、同じように出来ていたかもしれないって‥‥ずっと後悔してた」
最後まで吐き出した水瀬は、気まずそうに雫から視線を逸らした。
自分でも抱いてはいけないと思っていた感情だったのだろう。仲間になったばかりの雫が強くなっていくことは、本来なら喜ぶべきことであり、それを素直に喜べない自分自身への嫌悪も混ざっているのか、水瀬の表情は苦しげに歪んでいた。
そんな水瀬の様子をしばらく見つめていたディアブロは、やがてゆっくりと視線を雫へ切り替える。
「‥‥じゃあ、次は雫だ」
今度は雫の番だったが、彼女は水瀬のように抵抗しようとはしなかった。
もし最初に指名されていたのが雫であれば、水瀬と同じか、それ以上に強く抵抗していたかもしれない。だが、自分に対して抱いていた水瀬の本心を聞いたことで、この場で自分だけが黙っているわけにはいかないと自覚したのだろう。
雫は僅かに俯いた後、覚悟を決めたように顔を上げ、水瀬へ視線を向けた。
「‥‥俺も同じだ。」
その言葉に、今度は水瀬が顔を上げる。
「俺も水瀬さんに嫉妬した。俺よりも周りを見られていて、どんな動きにも合わせてくる、その連携力が羨ましかった。俺にはまだそれが出来ないから、自分がもっと早くこのパーティーに入っていれば、同じように出来たかもしれないって‥‥考えてしまった」
水瀬が雫の才能と積み重ねてきた努力に嫉妬したように、雫もまた、水瀬がこれまでの戦いの中で築き上げてきた経験と連携に嫉妬していた。
互いに自分にはないものを相手が持っているように見え、それが羨ましく、悔しくて仕方がなかった。ただ、それを口にすれば今の関係を壊してしまうかもしれないという恐怖があり、二人共胸の奥へ押し込めたまま何事もないように振る舞っていたのだ。
そんな二人が本音を全て吐き出したことで、黒い空間にしばし重たい沈黙が流れる。
ディアブロは王座に座ったまま二人の表情を順番に確認すると、それ以上踏み込むことなく静かに立ち上がった。
「‥‥これで互いの本音をぶつけ合えた。後は、この空間が無くても話せるな?」
そう言い残すと同時に、周囲を覆っていた黒い空間が端から崩れ始める。闇が霧のように薄れていき、失われていた洞窟の壁や地面が再び姿を現すと、ほんの数秒もしないうちに元の景色へと戻っていた。
役目は終わったと言わんばかりにディアブロは二人へ背を向け、そのままベガを連れて歩き出す。
後に残されたのは、水瀬と雫の二人だけだった。
互いに隠していた感情を全て知ってしまった今、先ほどまでと同じように何事もなかったかのように振る舞うことは出来ない。
水瀬と雫はその場に立ったまま、すぐには言葉を発することが出来ず、ただ互いの顔を見つめていた。




