第126話 心の中にある本音。
20層へ足を踏み入れたところで、それまでとは大きく景色が変わり、周囲の地形は岩肌が剥き出しになった洞窟へと切り替わった。
天井や壁から不規則に岩が突き出し、足元にも大小様々な石が転がっているため、開けた場所と同じ感覚で動けば簡単に足を取られてしまう。
さらに、槍のような長物を扱う場合は周囲の壁や天井まで意識しなければならず、何も考えずに振り回せば穂先や柄を岩にぶつけ、その一瞬の隙が命取りになりかねない。
水瀬は以前にも洞窟での戦い方を実習しており、こうした狭い場所での立ち回りにはある程度慣れているが、雫にとって地形そのものが戦いに影響する環境を経験するのは今回が初めてだった。
そのため、流石にすぐには対応出来ないだろうとディアブロは思っていたのだが、やはり接近戦を主戦場としているだけあって、雫は自分の体と武器を扱う感覚を掴むのが早かった。
最初こそ槍を振るうたびに岩壁との距離を気にして動きが鈍る場面もあったが、何度も戦闘を繰り返すうちに余計な動きが削ぎ落とされて行った。
そして数時間も経つ頃には、壁や天井との距離を感覚だけで把握しながら槍を振れるまでになり、今では20層に出現するモンスターを相手にしても、危なげなく戦えるほどにまで成長していた。
その結果、雫がパーティーに加わったことで戦力は以前よりも大幅に上がり、戦闘面だけを見れば順調そのものだったのだが、その一方で既に別の問題が浮かび上がっていた。
ディアブロが人という存在を理解しようと考え、意識して他人の言動や感情を見るようになってから、それなりの時間が経ち、それなりに理解を出来るようになってきたが理解出来ないことは山ほどある。
それでも以前であれば気にも留めなかった些細な仕草や声の調子から相手が何を感じているのかを何となく察する程度には成長していた。
だからこそ、今のパーティーに漂っている妙な空気の悪さにも気付いてしまったのだが、それを感じ取っているのはディアブロだけではなく、隣を歩くベガも同じらしい。
ディアブロがふと後ろへ視線を向けると、水瀬と雫が横に並んで歩いている姿が目に入った。
二人の間には、一人くらいなら余裕で入り込めそうなほどの微妙な距離が空いている。それだけなら偶然とも思えたが、水瀬は僅かに右へ、雫は僅かに左へと体を傾け、まるで無意識のうちに互いから距離を取ろうとしているように見えた。
そして会話もない。
聞こえてくるのは洞窟内に反響する足音と、装備が擦れ合う僅かな音だけで、その静けさが余計に二人の間に漂う空気を重く感じさせていた。
なぜ、この二人はこんな感じになってしまっているのか。
当然ながら、その理由をディアブロが知るはずもなく、どうするべきなのか分からないまま前へ向き直る。そのまま隣を歩いていたベガへ視線を落とすと、ちょうど向こうもディアブロを見上げていたらしく、目が合った瞬間、小さく訴えかけるように鳴いた。
「くぅ~~」
それに対してディアブロは無言で首を横に振り、自分にはどうしようもないと態度で示すのだが、それでもベガは諦めることなく、じっとディアブロの顔を見上げ続けてくる。
その視線から逃れるように顔を逸らしても、ベガは回り込むようにして再び見上げてくるため、しばらく無言の攻防を続けた末、とうとうその真っ直ぐな瞳に根負けしたディアブロは小さく息を吐き、後ろを歩く二人へ声をかけた。
「‥‥ごほん。ここらで休憩を取るか」
「あ、うん、分かった。準備するね」
「じゃあ、俺は周りの警戒をするわ」
休憩を告げると、水瀬は荷物を下ろして休憩の準備を始め、雫は槍を手にしたまま周囲の警戒へと向かう。
二人がそれぞれ別々の作業を始めたのを確認すると、ディアブロは足元にいたベガを抱き上げ、そのまま二人から姿が見えない岩陰まで移動した。
そこでベガを地面へ下ろすと、ディアブロは困り果てたように眉間へ皺を寄せながら、その場にしゃがみ込む。
「‥‥ベガ‥‥我には無理だ。いい加減、その目で見るのをやめろ」
「うんうん!!ワンッワンッ」
力強く尻尾を振りながら断言してくるベガだったが、そんな期待を向けられたところで、ディアブロにはどうすればいいのか皆目見当もつかない。
「無理だ。そもそもだが‥‥何であいつらは喧嘩をしているんだ?何か知っているか?」
「くぅーーん」
ベガは先ほどまでの勢いを失い、耳を伏せながら申し訳なさそうに首を横へ振る。
「なら、なおさら無理だ」
原因すら分からないというのに、どうやって仲を取り持てというのか。
ベガと会話をしたところで結局何一つ解決策は見つからず、ディアブロは腕を組みながらしばらく考え込む。
しかし、人の感情というものを理解し始めたばかりのディアブロに、こんな繊細な問題を上手く解決する方法など簡単に思いつくはずもなかった。
それでも、このまま放置しておくわけにはいかない。やがてディアブロは何かを思いついたのか、伏せていた顔をゆっくりと上げた。
「もう、こうなったら最終手段だ」
その言葉と共に立ち上がると、ディアブロは覚悟を決めたように岩陰から出て、休憩している二人の前へと向かう。
突然戻ってきたディアブロに水瀬と雫が視線を向けるなか、その真正面で立ち止まると、二人を交互に見ながら口を開いた。
「おい、お前ら‥‥互いに言いたいことがあるなら、ハッキリ言うんだ。互いに心の中で抱え込むのをやめろ。もしやめないなら、我にも考えがあるぞ」
その言葉を聞いた瞬間、水瀬と雫の視線が互いへと向けられる。
二人は何も言わないまま数秒ほど見つめ合い、何とも言えない沈黙がその場を包み込んだが、やがて示し合わせたわけでもないのに、ほとんど同時にディアブロへと顔を戻した。
「何もないよ。ディア」
「あぁ、俺も何もない」
明らかに何かあるにもかかわらず、どうやら二人とも素直に口を割るつもりはないらしい。
その返答を聞いたディアブロは僅かに目を細めると、それ以上問い詰めることもなく片手を持ち上げ、親指と中指を重ね合わせる。
そして――パチン!!
乾いた音が洞窟の中へ鋭く響き渡った瞬間、ディアブロは先ほど決めた最終手段――ある魔法を発動するのであった。




