第125話 同じ思いを抱く。
「どうだ?違和感とかあるか?」
ディアブロがそう尋ねると、雫は自分の身体の具合を確かめるように肩を回し、それから槍を握り直して軽く振るった。
空気を切り裂く鋭い音が響く中、身体のどこにも異常がないことを確かめた雫は、満足そうな笑みを浮かべながら首を横に振る。
「全くない。むしろ、調子が良すぎて怖いぐらいだ!!」
そう言いながら再び槍を振るえば、穂先は狙った場所を正確になぞるように走り、振り抜いた勢いに身体が引っ張られることもない。
少し前までなら意識して行わなければ出来なかった動作が、今ではまるで何年も繰り返してきたかのように自然と身体から引き出されていた。
これまで自分の才能の無さに苦しめられてきた雫にとって、自分の力をこうしてはっきりと感じられるだけでも特別なことだった。
それどころか、戦えば戦うほど身体の動かし方が洗練され、数秒前の自分よりも今の自分の方が強くなっていると実感出来るのは死ぬほど嬉しいという言葉でも足りないほど嬉しさだろう。
「じゃあ、そろそろ次の場所に進もうと思うが問題はないな?」
「おう!!全くないぜ!!」
雫が迷うことなく答えると、ディアブロはその様子を一度だけ確認し、そのまま次の目的地を告げた。
「なら、行くか――20層に。」
◇
――20層。
その層は、これまでの雫にとってあまりにも遠く、自分には決して届かない高みに存在していた場所だった。
雫の最高到達層は10層。
それも数年前、自分に才能がないという現実を嫌というほど思い知らされるよりも前に、仲間と共に一歩だけ足を踏み入れたことがある程度で、それ以降は10層どころか5層より先へ進むことすらほとんどなかった。
理由は単純で、雫の周りにいた生徒達が次々と正式なパーティーを組んでしまったからだ。
実力のある者同士で集まり、より上の層を目指していく中、誰からも必要とされず余りものになってしまった雫に、一人で危険を冒してまで上の層へ進む手段などあるはずもなかった。
だが、それも今日までで‥‥今、雫の目の前には、自分には絶対に辿り着けないと思っていた20層へと続く道が確かに存在している。
「――ゴクン。」
無意識に喉が鳴り、槍を握る雫の手に僅かな力が籠もった。
ほんの数時間前まで、雫は自分を無敵だと思っていた。
新たな力を手に入れ、これまで苦戦していた魔物を圧倒し、戦えば戦うほど自分が強くなっていく、その万能感に包まれていた雫は、この世に自分が辿り着けない領域など存在しないと、本気でそう思えるほどの自信を抱いていた。
だが、その自信は層を上がるごとに少しずつ削られ、今ではすっかり鳴りを潜めている。
理由は――”仲間の強さ”だった。
自分よりも遥かに前からこのパーティーに加わり、ディアブロの下で戦ってきたのだから、多少の差があることくらいは雫も理解していた。しかし、その差が自分の想像を遥かに超えるほど大きなものだとは思っていなかった。
魔獣であるベガは、雫では正面から受け止めることすら躊躇するほどの敵を、圧倒的なパワーで真正面からねじ伏せていく。それでいて力任せに暴れているわけではなく、敵の動きを見極めながら必要な瞬間にだけ動き、他の仲間の邪魔になるような真似は決してしない。
そして、水瀬も同じだった。
戦場全体を見渡し、敵だけではなく味方の位置や動きまで完全に把握したうえで、雫が一歩踏み込めば、それを待っていたかのように支援が飛んでくる。雫が危険な位置に入れば即座に援護へ回り、逆に問題がないと判断すれば余計な手出しはせず、雫が最も戦いやすい状況だけを当たり前のように作り上げていた。
そんな二人の動きを間近で見せつけられれば、つい数時間前まで膨れ上がっていた雫の自信など、跡形もなく消し飛んでしまう。
そして何より恐ろしいのは、二人がその凄まじい動きを特別なことだとは思っていないことだった。
呼吸をするように敵を倒し、呼吸をするように互いの動きを読み、言葉を交わすことすらなく次に何をするべきなのかを理解している。
そこには迷いも焦りもなく、これまで何度も同じ戦場を潜り抜けてきた者にしか生み出せない完成された連携が存在していた。
そんなものを目の前で見せつけられて、自分を無敵だと思い続けられるはずがない。
俺は‥‥まだまだ弱い。
嫌でもそう自覚させられたし、ディアブロが水瀬とベガを見る目と、俺を見る目には、たしかな違いがあることにも気が付いてしまった。
二人に向けられているのは、何が起きても自分で対処出来ると分かっている者へ向ける目だ。けれど、俺に向けられている目には、まだどこか危なっかしいものを見るような色が残っている。
それが、どうしようもなく悔しかった。
もっと俺が早くこのパーティーに入れていれば、二人からここまで遅れることなく、同じ場所に立てていたのかもしれない。
もっと早くディアブロと出会えていれば、俺だって――
「‥‥」
雫は何も言わず、少し前を進む水瀬の背中へ視線を向ける。
周囲へ気を配りながらベガと完璧に歩調を合わせ、いつ敵が現れても即座に対応出来るようにしているその姿を見つめていると、胸の奥から湧き上がってくる感情を抑えることが出来なかった。
どうして俺は‥‥もっと早くここに来られなかったんだ。
その思いを抱えながら、雫は自分より遥か先を歩いているように見える水瀬に対して、強い嫉妬を覚えていた。




