第124話 心の締め付け。
「これでどうだッ!!――凪!!」
雫が鋭く叫ぶと同時に、握り締めた槍を勢いよく横薙ぎに振り抜いた。
その瞬間、槍の刃を覆っていた青い膜のような力が一気に膨れ上がり、振り抜いた軌道に沿って波のように前方へと放たれると、地面すれすれを走った青い一閃は、その先にいたモンスターが反応するよりも早く胴体を通過し、僅かな間を置いて上半身と下半身がずれるように分かれ、そのまま力なく地面へと崩れ落ちた。
「ふぅ‥‥」
槍を振り抜いた姿勢からゆっくりと身体を起こした雫は、倒したモンスターを確認すると、すぐに槍を構え直して周囲へと視線を巡らせる。
戦い始めたばかりの頃にあった動きの硬さは既になく、槍の扱いだけでなく、新たに手に入れた自分の力をどう使えばいいのか、そしてどうすればさらに成長させられるのかまで、雫は僅かな時間の中で感覚的に掴み始めていた。
「たった数時間で‥‥人ってこんなに変わるものかな?」
少し離れた場所からその様子を見ていた水瀬は、驚きを隠し切れないまま小さく呟いた。
水瀬もディアブロから同じような方法で力を与えられているが、初めから雫のように自在に扱えたわけではなく、自分の身体に起きた変化と新しく得た力に慣れるまで、そして実戦の中でまともに扱えるようになるまでには二日ほどの時間が掛かっている。
それを考えれば、僅か数時間でここまで動けるようになった雫の成長速度が異常なのは、水瀬の目から見ても明らかだった。
だが、その差が生まれた理由は才能だけではない。
水瀬はこれまで、自分自身の力を伸ばすことから離れて勉強に力を注いできたのに対して、雫は何の力も持っていなかった頃から身体を鍛え、槍を振るい続けてきた。
その積み重ねてきた努力の差が、初めて力を手にした時の適応速度という形になって現れているのだろうが、既に力を得て成長を続けている今の水瀬にとっては、それほど大きな意味を持つ差でもなかった。
「そうだな。初めからここまで動けるとは、俺も思ってなかった。まぁ、それだけあいつが日々努力していたってことだろう。」
ディアブロも雫の動きを目で追いながら、素直にその成長速度を評価していた。
力を与えれば誰でも強くなれるわけではなく、それを扱うための土台がなければ身体も感覚もついてこない。その点で言えば、雫がこれまで積み重ねてきたものは、本人が思っている以上に大きな意味を持っていた。
「そうだね。意味のない努力なんてないよね」
「‥‥かもな。個人の実力がこの程度あるなら、20層に連れて行っても問題はないだろう」
「え?」
あまりにも当然のように告げられた言葉に、水瀬は思わずディアブロの横顔へと視線を向けた。
自分が20層へ足を踏み入れられるようになるまでには、それなりの日数が掛かっている。それに20層から先は開けた場所ではなく洞窟が続いており、狭い通路や天井の低い場所も多いため、単純に戦う力があるだけでは足りず、その環境に合わせた戦い方を身につける必要があると水瀬は考えていた。
ましてや雫が使っている武器は、取り回しに広い空間を必要とする長い槍なのだ。
しかし、そんな水瀬の懸念とは反対に、ディアブロの目には既に雫の実力が20層でも十分に通用するものとして映っていた。
「本当に大丈夫なの?20層は洞窟だし、雫ちゃんの長い武器じゃあ難しいんじゃないの?」
「普通ならそうだろうな。でも、その場の環境に戦い方を適応させていくのも、近接をやる上では重要だ。広い場所でしかまともに武器を振れないようじゃ、これから先で必ず限界が来る」
ディアブロはそう言いながら、再び戦い始めた雫へと目を向ける。
雫は迫ってきたモンスターに対して闇雲に槍を振り回すのではなく、相手との距離を細かく調整しながら、突きと薙ぎ払いを状況によって使い分けている。誰かに細かく教えられたわけでもないのに、実戦の中で自分に必要な動きを選び、それを次の攻撃へと繋げていた。
「そして、あいつはそれを感覚で掴めるタイプだ。頭で考えてから身体を動かすんじゃなく、実際に戦いながら自分の動きを修正していく。言うなら雫は、実戦の中で環境に適応させた方が成長するタイプだ。」
「‥‥実戦で成長するタイプ。なら、私は?」
水瀬が僅かに間を空けて尋ねると、ディアブロはそこで初めて雫から視線を外し、不思議そうな顔をして水瀬を見た。
「んぁ?お前はどう考えても頭で考えて行動するタイプだろ。状況を見て、何が必要なのかを考えてから動く。まぁ、魔法使いは大体そういう系の奴が多いし、感覚だけで動く奴よりも頭を使える奴の方が向いている。」
「‥‥そっか」
そう言われても、水瀬は素直に納得することが出来なかった。
ディアブロが自分を低く評価しているわけではないことくらい分かっているし、雫と自分では戦い方も役割も違うのだから、単純に比べること自体に意味がないことも理解している。
それでも、自分の方が数ヶ月も前からディアブロの仲間として戦い、何度もダンジョンへ潜り、危険な戦いを乗り越えながらここまで成長してきた。
それなのに昨日まで何の力も持っていなかった雫が、僅か数時間で自分が時間を掛けて辿り着いた場所へ並ぼうとしているように見えてしまう。
もちろん、そんな感情を抱いたところで意味がないことなど、水瀬自身が誰よりも理解していた。
雫が努力してきたことも知っているし、仲間が強くなることは本来なら喜ぶべきことだ。それでも一度胸の奥に生まれてしまった小さな引っ掛かりは簡単には消えてくれず、考える必要なんてないと自分に言い聞かせても、どうしても意識せずにはいられなかった。
だが、そんな水瀬の胸の内に渦巻き始めた感情など微塵も気付いていないディアブロは、雫の戦いが終わったのを見ると、そのまま水瀬の傍を離れて雫の方へと歩いていってしまう。
「‥‥‥‥」
水瀬は何も言わず、その場に立ったまま遠ざかっていくディアブロの背中を目で追った。
ただ雫の様子を確認しに行っただけ――そんなことは分かっている。
分かっているはずなのに、その何気ない行動が今の水瀬には妙に大きなものに感じられ、胸の奥に生まれた小さな感情と重なるようにして、心臓の辺りをギュッと縛りつけるのであった。




