第121話 knight。
前に水瀬へ見せた自身の過去の記憶、そして春宮 湊として歩んできた今までの経緯。そのすべてを包み隠さず語り終えると、部屋には静かな沈黙だけが流れた。
あまりにも現実離れした話に雫はしばらく口を開くこともできず、ただ整理するように視線を落としていた。
「‥‥つまり、あんたの外側が春宮 湊という人間だけど、その中身はディアブロという覇王? っていうことでいいのよね?」
「あぁ、そうだ。」
雫は腕を組み、小さく唸りながら頭の中で情報を一つずつ噛み砕いていく。そして、納得したようにゆっくりと頷くと、改めてディアブロへ視線を向けた。
「で、それであんたの目的は、かつてのような破壊的な征服じゃなくて、人間的な征服の為に仲間を求めているってことでいいのよね?」
「ちと、違う気もするが、まぁーーー今はその認識でいいだろう。」
ディアブロは肩を竦めながら苦笑を浮かべる。しかし、その表情は次の瞬間には消え去り、覇王としての威厳を宿した鋭い眼差しへと変わった。
「じゃあ、もう分かっていると思うが、話を聞いてしまった時点でもう逃げられない。それは理解しているな?」
その言葉に雫は一切迷うことなくディアブロの瞳を真っ直ぐ見返した。
「あぁ、分かっているし逃げるつもりはない。俺の力を発現させてくれたのは、あんただ。そのあんたが俺の力を求めてるっていうなら、俺は喜んで力を貸す。」
言い終えると同時に雫は静かに膝立ちとなり、深く頭を垂れた。その姿に怯えや諦めの色は一切なく、自らの意思で主を選び、その背中に付いていくと決めた者だけが持つ覚悟と決意が滲み出ていた。
「‥‥いいだろう。林 雫‥‥お前には、この駒を与える。受け取れ。」
ディアブロが差し出した一つの駒は、淡い光を宿したKnightだった。
「はい。その駒に恥じない働きをすることを誓います――ディアブロ。」
「あぁ、頼んだ。」
雫は両手で大切そうにKnightを受け取ると、胸元へ引き寄せる。その瞬間、駒は淡い輝きを放ちながら粒子となって弾け、吸い込まれるように雫の身体へと溶け込んでいった。柔らかな光が一瞬だけ全身を包み込み、やがて何事もなかったかのように静かに消えていく。
◇
意識が現実へと引き戻され、元の世界へ戻ってきたディアブロたちを迎えたのは、リビングでお菓子をボリボリと頬張る水瀬と、その膝の上で気持ち良さそうに丸くなり、スヤスヤと寝息を立てるベガの姿だった。
「あ、おかえり。で、どうなったの?」
水瀬は視線すらこちらへ向けることなく、片手でお菓子を摘まんでは口へ放り込みながら、まるで世間話でもするような軽い口調で尋ねてくる。
そのあまりにも締まりのない光景に、流石のディアブロも眉をぴくりと動かし、僅かな苛立ちを覚えた。
「おいっ。お前ら、少しは姿勢を正したらどうだ?新たなメンバーが加わったというのに、その態度はないだろう。ベガも起きろ。」
その一喝に水瀬は「はーい」と気のない返事を漏らしながら渋々お菓子の手を止めて姿勢を正した。
一方のベガはディアブロの声に耳をぴくりと動かしたかと思うと、飛び上がるように目を覚まし、何が起きたのか分からない様子で辺りをきょろきょろと見回していた。
「さて、じゃあ本人から改めて自己紹介をしてもらうか。」
その言葉を受けた雫は小さくコクリと頷くと、一歩前へ進み出る。緊張からか僅かに肩へ力が入っていたが、それでも真っ直ぐ前を向き、二人を見据えた。
「改めてよろしくお願いします。林 雫だ。えっーーーと、他は‥‥あっ、そうだ。役職?役割?その駒はKnightになった。」
まだぎこちなさは残っていたものの、その言葉には新たな仲間として歩み始める決意が込められていた。
こうして林 雫は、正式にディアブロ率いる《黒盤の覇道》の一員となった。




