第11話 次の駒に選ばれる者。
二人に話し方の違和感を指摘されたディアブロは、トイレの鏡の前に立ち、自分の姿をじっと見つめていた。
そこに映っているのは紛れもなく人間――春宮湊の姿であり、かつて世界を蹂躙した覇王の面影などどこにも存在しないが、その奥に確かに“自分”がいることを、ディアブロ自身ははっきりと理解していた。
「そうか。我は‥‥いや、僕?違うな、俺だ。俺はディアブロでもあるが、同時に春宮でもあるのなら、順応するしかない。話し方も立ち振る舞いも‥‥この世界で生きるために、その全てを。」
鏡越しに自分へと言い聞かせるように呟きながら、ディアブロは一つの結論に至る。
一つの肉体に二つの存在が宿っている以上、外から見える“春宮湊”という人間に合わせることは、この世界で違和感なく生きるための最低条件であり、覇王であった自分であっても、その器に順応しなければならないという事実を、完全に受け入れたのだった。
そうして鏡から視線を外すと、余計な感情を押し込めるように軽く息を吐き、そのまま自分の教室へと向かう。
◇
「ここが俺の教室か。」
扉の前に立ちながら周囲を見渡すと、校舎全体は最新設備で統一されており、床や壁は磨き上げられ、どこを見ても整然とした空間が広がっているにもかかわらず、この教室だけは明らかに空気が違っていた。
室内に一歩足を踏み入れた瞬間に感じたのは、重く淀んだような空気であり、それは単なる雰囲気ではなく、そこにいる人間たちの感情が積み重なって生まれた“停滞”そのものだった。
視線を教室内へと向ければ、生徒たちは席に座ってはいるものの、机に突っ伏している者、ぼんやりと窓の外を眺めている者、無気力に時間だけを消費している者ばかりで、そのどれもが前へ進もうとする意思を感じさせない。
それも無理はない。
この場所はFクラス――入学時点で才能が低いと判断された者たちが集められた最下層のクラスであり、上へ行けないという現実を突きつけられた者たちが、半ば諦めと共に居座る場所なのだから、その空気が腐るのも当然だった。
「‥‥うじうじしておるな。」
その光景を見て、ディアブロは心底つまらなさそうに呟くが、その視線は決して感情だけで動いているわけではなく、あくまで“選別”する者の目であり、そこにいる生徒一人一人の価値を測るように、静かに観察を続けていた。
やがて授業開始を告げる鐘が鳴り、少し遅れて教室の扉が開くと、入ってきた教師もまた、この空気に染まっているかのように覇気がなく、疲れた様子で教卓へと向かう姿が印象的であった。
「はぁい‥‥席についてくださーい。」
間延びした声が教室に響くが、それに対して生徒たちの反応は鈍く、ただ形式的に授業が始まるだけの空間が出来上がっていく。
本当にどいつもこいつも‥‥うじうじしておって嫌になる。この様子では、駒になるような人材など期待できるはずもない。
そう内心で切り捨てながらも、ディアブロは一応の確認として“才”を見極めることにした。
人の才は魔力によって判断することができ、その総量が多ければ多いほど自然と体の外へと溢れ出し、その色によって属性が判別できるという明確な基準が存在している。
赤は火――攻撃と肉体強化、青は水――感覚や視認能力、黄色は雷――速度や瞬発力、緑は風――精霊との親和性、茶は土――防御と耐久、この五つが世界の基本となる五大元素であり、ほとんどの人間はこのいずれかに属している。
しかしディアブロにとって、その程度の属性はすべて平凡であり、どれほど優れていようとも駒とするには相応しくないため、このFクラスに特別な人材がいるとは最初から考えていなかった。
――だが、その認識は次の瞬間に覆されることになる。
視線を巡らせていたディアブロの目が、窓際に座る一人の女子へと引き寄せられた。
その少女は他の生徒たちと同じように静かに座っているだけでありながら、その存在だけがこの空間の中で明らかに浮いていた。
理由は単純だった。
抑えきれていない魔力が、その体から溢れ出している。
しかもそれは、ただ多いという次元ではなく、明らかに“器からはみ出している”と表現するべき異質な量であり、無意識のうちに外へと滲み出ているそれは、周囲の人間が気付かないのが不思議なほどだった。
そして、その色は――光。
五大元素のどれにも属さない特異属性であり、それは同時に、この世界において極めて希少な“例外”の存在であることを意味している。
ディアブロはその事実を理解した瞬間、わずかに口元を歪めた。
退屈だと思っていた場所に、ようやく“価値のある存在”を見つけたという確信が、その表情に現れていた。
「あの女は‥‥使える。」
そして次の瞬間、その評価は迷いのない結論へと変わる。
あの女は俺の駒にする。
そう決めたディアブロの視線は、先程までの観察とは明らかに質の違うものへと変わり、完全に“獲物を定めた者の目”となっていた。




