第119話 言ってはならないこと。
「雫ちゃん‥‥落ち着いた?」
「あ、うん‥‥その、悪い。あまりのことでテンションが上がっちまった」
先ほどまで興奮で我を忘れていた雫だったが、ようやく普段通りに会話ができる程度には落ち着きを取り戻したようで、照れ隠しをするように頬を掻きながら、どこかバツが悪そうな表情を浮かべる。
一方、水瀬も水瀬で雫が重度の中二病であることを悟ってしまい、どう接すればいいのか分からず、いつもの自然な距離感を保てなくなっていた。
そんな何とも言えない空気が部屋を包む中、ディアブロだけは周囲の雰囲気など意にも介さず、何事もなかったかのように口を開く。
「そういうわけで、お前は今後どうしたい?その力を上手く成長させていけば、ある程度の強さは獲得できる。そして、それに伴って高校に関しても国からの推薦は確約されるだろう。そこで改めて問うが、お前はどうしたい?」
あまりにも真面目で現実的な問い掛けに、先ほどまで浮かれていた雫の表情から笑みが消え、自然と真剣な眼差しへと変わっていく。
自分が手に入れた力がとてつもないものであることは何となく理解している。しかし、それが具体的にどれほど希少で、どれほど価値のある能力なのかまでは分かっていない。
高校についても同じだった。今さら自分の立場を変えたいという気持ちはなく、推薦で進学しようが、自分の力で試験を受けようが、今となってはどちらでもいいと思えてしまう。
何故なら、自分がこれまで一番欲しかった『力』を既に手にしてしまった以上、それ以外のことへの執着が嘘のように薄れてしまったからだ。
だからこそ、林雫という一人の人間がこれからどんな未来を歩みたいのか、その答えは、まだ雫自身の中にも存在していなかった。
その迷いを表情や視線の揺らぎだけで読み取ったディアブロは、小さく息を吐くと、一つの道を静かに示す。
「自分の未来が描けそうにないなら、俺の仲間になるか?」
「それは、つまり‥‥このパーティーに入るってことか?」
「そうだ。このパーティーに入れば俺がお前を直接指導することが出来る。それは、お前にとってもプラスで、俺にとってもプラスだ」
「まぁ、確かに指導できる存在は有難いと思うが‥‥本当に出来るのか?」
何気なく口にしたその一言で、部屋の空気が音もなく一段階冷え込んだ。しかし、その変化に気付いていない雫は首を傾げたまま言葉を続ける。
「言ったら悪いけどさぁ~~俺はお前の力をかなり疑っているぞ?ダンジョンでも戦っているところは一度も見ていないし、やることといえば遠くから命令を出すくらいで、その実力はおじさんが言うほどのものなのか?」
完全に空気が凍り付いていた。もちろん、その原因は水瀬ではなくディアブロだ。人間如きに自分の力を疑われたことが、ディアブロの逆鱗を確実に撫でていたのである。
もっとも、その怒りは以前、春宮の幼馴染へ向けたような絶対的な死を与える怒りとは違う。
それは、王である自分が幼い子供に見下され、馬鹿にされた時のような、呆れと苛立ちが入り混じった怒りだった。
そして、その隣に座っていた水瀬はというと、ディアブロの纏う空気が変質した瞬間に、その危険を本能的に察知した。
「自分は関係ありませんよ~~」
そう全身で訴えるように音もなく立ち上がると、既にベランダへと避難を完了させている。
「フフッ‥‥アハハハハハハハハ!!!!」
腹の底から響くような高笑いが部屋中に響き渡る。
同時に、これまで春宮の内側へ押し込めていた覇王としての威圧感が堰を切ったように溢れ出し、空間そのものを押し潰すような圧力となって部屋を支配した。
空気は鉛のように重くなり、呼吸をするだけで肺が軋むような錯覚さえ覚える。
「‥‥えっ、何これ‥‥空気が重い」
雫もようやく異変に気付いたようだが既に遅く取り返しのつかない。
「いいだろう。我の力を疑うのなら、見せてやる――パチン!!」
指を鳴らす乾いた音が響いた瞬間、景色が歪む。
雫が「えっ」と声を漏らす暇さえなく、二人の姿は部屋から忽然と消え去り、別空間へと転移していた。
その気配を感じ取っていた水瀬は、ベランダから静かに部屋の中を覗き込み、小さく手を合わせる。
(地獄の世界で頑張ってね)
そう心の中だけで呟きながら、雫へ密かにエールを送るのであった。




