第117話 見える才能。
ゴブリンとの戦いを終えた雫は、自分の身に起きた変化に戸惑いを隠せずにいた。
戦いの興奮が冷めていくにつれ、全身を巡る感覚が今までとは明らかに違うことに気付き、何度も自分の手を見つめては握り締め、その感触を確かめるように噛みしめる。
「何か‥‥変な感じだ。自分が自分じゃないみたい」
何度も拳を開いては握り直し、そのたびに指先から腕へと伝わる力の流れを確かめていると、背後からゆっくりとディアブロが歩み寄ってきた。
「どうだ?自分の変化を感じられたか?」
「‥‥あぁ。いつもより良く見えるっていうか、体が凄く軽いんだ」
雫は視線を自分の手へ落としたまま答える。足先から頭の先まで無駄な重さが消え去り、空気すら軽く感じるほどだった。
「だろうな。まさか、お前の才能が”蒼”だとは思っていなかった」
その一言に、雫は眉をひそめる。聞き慣れない言葉に疑問が膨らみ、ディアブロへ視線を向けた。
「何だ?蒼って‥‥一体何のことを話している?」
「まぁ、待て。それについては後で話すから、一旦ダンジョンから出るぞ」
「お、おい待てよ!!俺はちゃんと勝っただろ!?なのに何でダンジョンから出るんだよ!?」
突然の帰還命令に雫は納得できず、声を荒らげて食って掛かる。どうやら本人は試験に落ちたと思い込んでいるらしく、その表情には焦りと不満が色濃く浮かんでいた。
だが、それは完全な勘違いだった。ディアブロに不合格という選択肢は最初からなく、雫は既に試験を突破している。
「勘違いするな。お前はちゃんと合格している。だが、今はその力について色々と聞きたいことがあるだろ?それに多分そろそろ電池切れになるからだ。」
「え?」
雫が意味を理解できず首を傾げた、その瞬間だった。
先ほどまで羽が生えたように軽かった体から一気に力が抜け落ちた。まるで、全身へ鉛でも流し込まれたかのような重圧が襲い掛かり、膝は震え、足は自分の体を支え切れなくなる。さらに耐え難い倦怠感が全身を包み込み、意識までも急速に霞んでいった。
そして雫は抵抗する間もなく前へ倒れ込み、そのまま深い眠りへ落ちるように気絶した。
「おっと!!だから言ったのだ。お前は才能に目覚めたばかりだから、体が全く力について行けない。まずは、力が体について行けるように肉体改造からしていく必要があるな。」
倒れ込む寸前の雫をディアブロは片手で受け止め、その軽くなった体を抱え上げる。眠る雫を一瞥した水瀬も事情を察し、小さく頷いた。
「帰るぞ」
その一言だけを告げると三人の姿はダンジョンから消え、次の瞬間にはディアブロの自宅へと転移していた。
◇
――ディアブロ宅
「本当に良かったの?ギルドに寄らなくて。もし、このことが林さんの耳に届いたら、私達‥‥殺されちゃうんじゃない?」
自宅へ戻るなり、水瀬はベッドで静かな寝息を立てる雫へ視線を向けながら、不安そうな表情でディアブロへ問い掛けた。
林が雫をどれほど大切に思っているかを知っているだけに、無断で連れ帰ったことへの罪悪感が拭えなかったのである。
「あり得る話だな。だが、今はこれでいい。林の元へ届ける前に、話をしておく必要がある」
ディアブロは落ち着いた口調でそう答えると、眠る雫へ静かに視線を落とした。
ベッドの上では雫が規則正しい寝息を立て、何事もなかったかのように穏やかな表情で眠っている。傍から見れば、男が無断で女性を自室へ連れ込んでいるような状況ではあるが、もちろんディアブロにそんな邪な考えは一切なく、全ては雫の力を確認する為だった。
「あの時の雫ちゃんの力って一体何なの?普通じゃないよね?」
ディアブロほど人の本質を見抜く力は持っていないが、水瀬もこれまで数々の戦いを経験してきたからこそ、あの戦闘で雫に起きた変化が決して普通ではないことだけは理解しており、その正体を知る為、真っ直ぐディアブロへ問い掛ける。
するとディアブロは僅かに間を置き、静かに口を開いた。
「あれは、"蒼"の力だ」
「蒼?何それ?私の白魔法みたいなもの?」
「存在としてはそれに近い。前に俺が、才能を色で捉えることが出来るという話をしたのを覚えているか?」
「あーーうん、何となくだけど覚えてるよ。確か、色によって才能が分かれていて、赤が炎や身体強化系を得意としてるって話だったよね?」
「そうだ。そして、雫の才能は初めて出会った時、俺には"無色"として映っていた。今まで数え切れないほど人間を見てきたが、無色の人間など一人として見たことがなかった。だからこそ、それが一体何なのかを確かめる為に、今回二度目の探索を行った。」
そこで一度言葉を切ると、ディアブロは眠る雫へ視線を向ける。
「あの戦いで確信した。雫は無色だったわけじゃない。青色よりもさらに高位に位置する"蒼色"の才能を持っていたんだ。そして、その色を持っていた人物は、かつて"剣神"と呼ばれ、誰も到達できなかった領域にまで昇り詰めた存在だった」
「じゃあ、つまり‥‥雫ちゃんはその人と同じ才能を持ってるってこと?」
「そうだ」
短く返された一言だったが、その重みは十分過ぎるほど伝わる。
「それって、とんでもなく凄いことじゃない!?ディアが自分から強いって認めるなんて、本当に滅多にないことでしょ!!」
水瀬は思わず身を乗り出す。誰よりもディアブロの基準が厳しいことを知っているからこそ、その言葉の価値を理解していた。
「確かに才能は認める。だが、それだけで剣神と同じ場所へ辿り着けるほど甘くはない。剣神もまた、その領域へ至るまでに想像を絶する鍛錬と幾多の実戦を積み重ねたはずだ。積み重ねた努力と研鑽があったからこそ、あの強さを手に入れることが出来た。
雫にもその域、いや‥‥それ以上の存在になってもらう。」
その言葉には期待だけではなく、確かな覚悟が込められていた。
「それってつまり‥‥雫ちゃんを仲間にするってこと?」
水瀬の問いに、ディアブロは迷うことなく頷く。
「あぁ」
その短い返事だけで十分だった。
ディアブロは眠る雫を静かに見つめる。その瞳には未来への期待と、かつて剣神すら超える存在へ育て上げるという、覇王としての強い決意が宿っていた。




