第116話 蒼色。
「ハ、ハハ‥‥ハハハハ!!」
ディアブロは込み上げる笑いを堪えきれなかった。
笑い声が静まり返ったダンジョンに響き渡るが、すぐに手で口を押さえて声を殺すが、それでも頬は緩み切り、口元に浮かんだ笑みだけはどうしても消えることがなかった。
まさかだ‥‥まさか、本当にそうだったとはな‥‥。
今ならあの女の力がハッキリと目に映る。ようやく全てに納得がいった。あの女は才能がない無能でも、色を持たぬ存在でもなかった。
己が秘める才能の大きさに肉体が耐え切れず、無意識のうちにその力へ蓋をしていたのだ。そして、自らを無能だと思い込み続けたことで、その蓋には幾重もの鍵が掛けられ、決して開かないよう強く封じられていた。
だからこそ、我の目にもあの女は無色に映っていた。しかし今、その鍵は外れ、初めて己の才能に触れたことで、体の奥底から溢れ出す本来の色が姿を現している。
「林 雫。お前の色は青色だ。だが、それはただの青ではない。海よりも深く、天よりも澄み渡る青色。それはまさに‥‥蒼色だ」
その言葉と共に、ディアブロの脳裏へ一人の男の姿が蘇る。
懐かしい‥‥かつて我と刃を交えた者の中に、お前と同じ色を宿した男がいた。その者は剣神とまで称えられた剣士であり、比類なき武と技で幾度となく我を歓喜させた強者だった。
「いいだろう。その才能‥‥我の駒に相応しい」
ディアブロは静かにそう告げ、雫を己の駒として認めた。
◇
体が熱い‥‥胸の奥から今まで一度も感じたことのない何かが溢れ出してくる。それは苦しさではなく、全身を駆け巡る高揚感だった。心臓が大きく脈打つたびに血液が勢いよく全身へ巡り、指先から足先に至るまで力が満ちていく。
こんなにも胸は熱いのに、不思議と体は軽い。今までにないほど思い通りに動き、自分の体ではないかのような心地良さすら感じていた。
周囲の景色がゆっくりと流れて見える。
今まで感じていた時間の流れが半分になったような錯覚を覚えるが、違う。時間そのものが遅くなったわけじゃない。
俺自身の認識速度が、一気に引き上げられているんだ。
雫の眼前まで迫ったゴブリンの棍棒が唸りを上げる。しかし雫は焦ることなく、ほんの僅かに体を傾けるだけで紙一重の距離を保ったまま攻撃を躱した。
一撃を避けられたゴブリンは苛立つように何度も棍棒を振り回す。横薙ぎ、振り下ろし、突き上げと荒々しく攻撃を繰り返すが、その全てが空を切るだけだった。
その構図は完全に逆転していた。
先程までは雫が必死に攻撃を仕掛け、ゴブリンが容易く避けていた。だが今は違う。攻め立てるのはゴブリンであり、その猛攻を雫がまるで舞うように軽々と躱している。
以前の雫なら限界まで体を反らし、運に近い感覚で避けていた。しかし今は違う。
相手の重心、筋肉の動き、棍棒の軌道、その全てを見切り、どこまで踏み込めば当たらないのかを完璧に理解し、最小限の動きだけで攻撃を外し続ける姿には一切の無駄が存在しなかった。
既にゴブリンの攻撃は完全に看破されている。
これからどんな攻撃を繰り出そうと、その一撃が雫へ届くことは二度とないだろう。
「あぁ‥‥すごく気持ちが良い。」
自然と零れたその言葉と共に、雫の瞳が静かに輝く。
海を思わせる深い青。その奥には空のような澄み切った蒼色が宿り、まるで瞳そのものが蒼い光を放っているかのようだった。
「これで終わる。」
雫は槍を構え直すと、一気に地面を蹴った。
先程よりも明らかに速い。しかし、その速度はゴブリンでも辛うじて視認できる絶妙な速さだった。だからこそゴブリンは反応し、体を捻り槍を避けようとする。
だが、それこそが雫の狙いだった。
雫はゴブリンが回避行動を取ることを最初から読み切っていた。最初の突きは囮。本命は、その回避先へ放たれる二撃目だった。
勢いよく体を逸らしたゴブリンは、その慣性によって体勢を立て直せない。
雫は静かにその姿を見据え、完全にがら空きとなった胴へ迷いなく槍を突き込んだ。
鋭い穂先は肉を裂き、胴体を貫通する。
ゴブリンは何が起きたのか理解する暇もなく、その場へ崩れ落ちた。あまりにも鮮やかで、あまりにも呆気ない幕切れだった。




