第114話 その瞳に映る思惑。
「それじゃあ、行きますか。」
「はい。」
「おぅ。」
「雫ちゃん!!行ってらっしゃい!!体には気を付けてね!!頑張ってね!!」
背後から響く叔父の大きな声は、今にも泣き崩れそうなほど震えていた。
号泣しながら懸命に手を振るその姿に、雫は振り返ることなく歩みを進めるものの、その耳まで赤く染まった横顔には照れ臭さが隠し切れていなかった。
そんな様子を微笑ましく見つめながら、水瀬は柔らかな笑みを浮かべて声を掛ける。
「林さんは相変わらずですね。でも、無理とか帰ってきていいみたいな弱気なことは言わずに送り出しているってことは、雫ちゃんなら出来るって信じてるって証拠だね。今日はよろしくね。」
「‥‥おぅ‥‥よろしく頼む。」
照れ隠しをするように顔を隠しながらも、小さく返事をする雫。その短い言葉には、不器用ながらも確かな覚悟が滲んでいた。
◇
そうしてディアブロたちはダンジョンへと到着する。
薄暗い入口からは、ひんやりと湿った空気がゆっくりと流れ出し、外の空気とはまるで別世界であることを肌で感じさせる。その空気を一度肺へと吸い込んだディアブロは、静かに雫へ視線を向けた。
「なら、前回と同じ形で探索を始めるけど、その前に最後の確認だ。本当に怪我は問題ないんだよね?痛みがあるか、ないかだけじゃなく、万全の状態で体を動かせるんだよね?」
「もちろん問題ない。万全の状態だッ!!」
雫は迷うことなく即答する。その瞳には、不安や戸惑いよりも、自分の言葉に責任を持つという強い意思だけが宿っていた。
その返答を聞いたディアブロは、それ以上確認することはしない。疑うこともまた失礼に当たると判断したのだ。
前回と同じ陣形で、先頭を雫、そのすぐ後ろを水瀬、そして最後尾をディアブロが務める。ベガは今回も空間の中で待機となる。
「じゃあ一層からゆっくり進んで行くわけだが、その前に改めて今回の目的をハッキリさせておく。この探索は雫さんの実力を知る為のテストみたいなものだ。だから普段以上の力を出そうとか、無理をしようなんて考えなくていい。いつも通りの戦い方で、普段通りの実力を見せてくれれば、それで十分だ。」
その言葉を真っ直ぐ受け止めた雫は、緊張した面持ちのまま静かに頷く。その表情には余計な力みこそあったものの、前回のような焦燥感は感じられなかった。
「よし。なら、進んでくれ。」
その合図と共に、雫、水瀬、ディアブロの順でゆっくりとダンジョンの奥へ足を踏み入れていく。
最後尾を歩きながら、ディアブロは一瞬たりとも視線を逸らすことなく雫という人間を観察し続けていた。
少なくとも、前回のように地に足が付いていない浮ついた様子は一切見受けられない。敗北という現実を真正面から受け止め、その悔しさを胸に刻み込んだからこそ、心だけは確かに成長しているのだろう。
だが、反省しただけで実力が飛躍的に伸びるほど戦いは甘くない。
今の雫という人間の実力は、初期の水瀬の足元にも及ばない。水瀬には間違いなく才能があり、それを本人が理解していなかっただけだ。しかし雫には、その才能を示す色が存在しない。
つまり、それは我の駒には出来ないということ。それが分かり切っているにもかかわらず、なぜ我はもう一度この娘を見ようと思ったのだ?
答えは至って単純だ。
雫には才能を示す色が存在しない。にもかかわらず、白魔法によって強化されたゴブリンを打ち倒せるだけの力を見せた。
その結果だけを見れば、それは明らかな矛盾だ。本来なら決して起こり得ない現象であり、我の知る常識とは相容れない。
だからこそ確かめる。
我の目が誤っているのか。それとも、あの時だけ火事場の馬鹿力を発揮しただけなのか。お前はどちらの人間なのだ林 雫よ‥‥この探索で、その全てを暴いてやる。
最後尾を歩くディアブロの瞳の奥では、覇王として幾多の戦場を支配してきた鋭い眼光が静かに輝き、その視線は獲物を見定めるかのように雫の背中を射抜いていた。




