第110話 物の本質。
第110話
「1000!!」
「9番さんから1000です!!他は居ませんかぁ!?」
「1100!!」
「11番さんが1100です!!」
「1200!!」
「14番さんが1200です!!他は居ませんか!?」
「‥‥」
――バン!! バン!!
司会者が力強く木槌を打ち鳴らすと、その乾いた音が静まり返った会場全体へと響き渡る。
「エントリーナンバー56番、業火の短剣は14番さんの1200万で落札です!!おめでとうございますッ!!」
その瞬間、会場のあちこちから拍手が沸き起こり、落札者へ向けられた羨望と称賛の視線が一斉に集まる。
「パチ!! パチ!! パチ!! パチ!!」
既にオークションが始まってから数時間が経過しており、広大な会場には幾つもの落札品が並べられ、その度に歓声と落胆が入り混じる独特の熱気が漂っていた。
出品される品の大半はダンジョン産の剣や防具、希少な素材、特殊なアイテムばかりであり、一般の探索者からすれば一つ手に入れるだけでも人生を変えられるほどの価値を秘めた逸品ばかりである。
しかし、世界を統べた覇王であるディアブロの目には、それら全てが凡庸な品にしか映らず、興味を惹かれる物は一つとして存在しなかった。そのため彼は一度も札を上げることなく、ただ時間だけが静かに過ぎ去っていくのであった。
「ねぇ?もう56番だよ?もう少しで終わっちゃうけどいいの?流石にどれかは落札しておいた方がいいんじゃないの?」
隣に座る水瀬が、小声ながらも心配そうな眼差しを向けながら問い掛ける。
周囲の参加者たちは次々と札を上げ、高額な金額が飛び交っているというのに、ディアブロだけは最初から一度も指一本すら動かそうとしない。その姿は、事情を知らない者から見れば競売そのものに興味を失っているようにしか見えなかった。
しかし実際は違う。
ディアブロは何も我慢している訳でも、わざと様子を窺っている訳でもない。ただ純粋に欲しいと思える価値のある品が存在しない。それだけの話だった。
当然、目利きの経験を持たない水瀬には、その違いなど理解出来るはずもない。
何も行動を起こさないディアブロを見て、「何もしようとしていない」としか映らないのも無理はないだろう。
だからこそディアブロは、ただ退屈な時間を過ごさせるくらいなら、この機会を利用して水瀬へ"目利き"という技術そのものを教えることを決めた。
「いいだろう。この後、出品される物の中で、お前が『これだ!!』と思う物を落札しよう。」
「え?急に何?そんなこと急に言われても、私には無理だよ。」
戸惑いを隠せない水瀬は苦笑いを浮かべながら首を横へ振る。
「どれか落札しておいた方がいいんだろ?俺はここまで出品された物に、良い物が一つもないと確信している。でも、お前はその見極めが出来ていない。なら今後の為にも、『良いもの』と『悪いもの』を見極める力は身につけておくべきだ。」
「そんなの急に出来る訳ないじゃん!!せめてコツみたいなのはないの?」
水瀬は困ったように肩を落としながら問い返す。
そんな彼女へ、ディアブロは静かに口元を緩めた。
「モンスターとの戦いと同じだ。」
「戦いと同じ?どういう意味?」
「例えば、お前の立場で言えば、自分がモンスターに狙われた時、視線だけじゃなく殺意という強い感情を感じ取ることがあるだろう。それにバフも同じだ。目で確認していなくても、効果が切れる瞬間を感覚で捉えられたことが今まで何度もあったはずだ。」
そう言われた水瀬は、「確かに‥‥」と小さく呟き、思い当たる節が幾つもあるのか静かに首を縦へ振った。
「これも同じだ。ただ目で見るんじゃない。感覚で感じ取るんだ。」
ディアブロの金色の瞳は、壇上へ運ばれてくる品物だけを静かに見据えていた。
「物には、それを作った者の技術、積み重ねた年月、纏ってきた戦いの歴史、その全てが宿る。それらを一つ一つ目で追う必要はない。ただ『物に宿る本質』を感じ取れ。」
淡々とした口調でありながら、その言葉には長い年月を生きてきた覇王だからこそ持つ重みが宿っていた。
「それが出来るようになれば、例え目で見えていなくても相手の動きを察知することが出来る。俗に言う第六感って奴だ。」
ちょうどその時、係員が黒い布に包まれた新たな出品物をゆっくりと運び込み、会場の照明が壇上へ集中する。
張り詰めた空気の中、観客たちの視線が一斉に壇上へ吸い寄せられた。
「ほら、次の商品が出て来たぞ。本気で捉えてみろ。」
その一言を受けた水瀬は、小さく息を吸い込む。
先程まで退屈そうに眺めていた瞳から迷いは消え、今度は一人の探索者として、そしてディアブロの教えを受ける弟子として、目の前に置かれた品へ全神経を集中させながら、その奥底に眠る"本質"を読み取ろうとするのであった。




