第108話 適した服装。
今日は、こっちの作品だけの投稿です。新作の方があるのでもう一本の方が書けません。
「ここが、一泊100万円の‥‥部屋!!」
部屋へ足を踏み入れた瞬間、水瀬の瞳は初めておもちゃを与えられた子供のようにキラキラと輝き始めた。床から天井まで伸びる大きな窓、足音を吸い込むほど柔らかな絨毯、落ち着いた色合いで統一された高級感溢れる内装の全てを目に映しながら、彼女は見るもの全てに胸を躍らせている。
そんな姿を横目に見ながら、ディアブロは改めて人間という生き物の感情は理解できないと思うのであった。
高層階から見下ろす景色を眺めても、我には何一つ心を動かされるものはない。眼下には街中の灯りが宝石のように輝き、その光が夜の街全体を優しく包み込んでいるが、我からすれば高い場所から光っているものを見下ろしているだけに過ぎなかった。
だが、人間は違う。
この景色に心を奪われ、美しいと感動し、「この場所にして良かったね」と自然に笑みを浮かべる。我には到底理解できない感覚だ。水瀬も、この間の試験を通して人間を切り捨てるという考えをある程度受け入れ始めてはいるが、それでもまだ全てではない。
この景色を見て素直に感動できるということは、人として失ってはならないものは、まだ確かに残っているということだ。今は、それで十分だろう。
今後、水瀬がどのように変わっていくのか、その答えを決めるのは我ではない。選び、歩むのは本人自身なのだから。
そう結論を出したディアブロは、窓際ではしゃぎ続ける水瀬へと声を掛けた。
「おい、そろそろ出掛けるから、さっさと私服に着替えろ。」
「出掛けるって‥‥どこに?」
「言っただろ。千葉に来たのには理由があるって。今からその場所へ向かう。だから適当な格好に着替えろ。そして着替え終わったら、その場所に相応しい服を買いに行く。」
「まぁ‥‥分かったけど‥‥私が持っている服って、いつもあれだよ?それでもいいの?」
「問題ない。俺だって適当な服を着ている。さっさとしろ。」
「はいはい、分かりましたよ。」
少し名残惜しそうに夜景へ視線を向けたあと、水瀬はようやくダンジョン用の装備を脱ぎ、私服へと着替え始める。そして準備を終えると、ディアブロはフロントへ連絡してタクシーを手配させ、そのまま二人を乗せた車はホテルを後にした。
目的地は、パーティーや格式ある式典で着るような高級なドレスやスーツだけを取り扱う高級ブティックであった。
◇
「買い物を済ませたら戻ってくるから、この場所で待機しておいてくれ。」
「分かりました。」
運転手へ一言だけ告げると、二人はタクシーを降りる。
目の前に建つ建物を見上げた水瀬は、その豪華な外観に思わず足を止めた。ガラス張りの外壁は周囲の夜景を映し込み、入口には重厚な扉と洗練された照明が並んでいる。一目見ただけで一般人が気軽に入るような店ではないことが伝わってきた。
「ねぇ、ディア‥‥まさか、この店に入るの?」
「そうだが。」
「いや、この店もホテルと同じで‥‥もう、入るまでもないぐらい外観から高級感が伝わってくるんだけど。」
「それはそうだろうな。そういう店に来ているんだから。今から、お前のドレスと俺のスーツを買いに来たんだから。」
「ちょっと待ってよ。ドレスって一体何?この後、何処に行くつもりなの?」
「そうだな。そろそろ場所は教えてもいいか。この後、俺達が向かうのはオークション会場だ。しかも、その会場は招待状がなければ入ることすら出来ない場所だ。当然、集まる人間も、それ相応の地位や財力を持った者ばかりになる。」
「何で?そんな意味の分からないオークションに行くの?」
「理由は二つ。一つは単純な興味。そしてもう一つは、そこで競りに掛けられる品の大半がダンジョンに関する物だからだ。」
「つまり、何か落札したい物があるってこと?」
「いや、そこまで確定した物はない。言っただろ?興味だって。そして、その会場では服装にも指定がある。女はドレス、男はスーツかタキシードだ。だから、そのためにわざわざ買いに来たというわけだ。まぁ、遅かれ早かれ俺達にも必要になる物だからな。今のうちに揃えておこうと思っただけだ。
じゃあ行くぞ。」
そう言うとディアブロは何の迷いもなく店内へ足を踏み入れ、水瀬も慌ててその後を追い掛けるように高級ブティックの中へと入って行くのであった。




