第106話 あだ名。
名前を問題をようやく解決できた。
「確かに、東京のダンジョンと比べると‥‥こっちの方がモンスターは強いわね」
周囲を警戒しながら木々の奥へ視線を巡らせていた水瀬が、ぽつりとそう言葉を漏らした。
ダンジョンへ足を踏み入れてから既に二時間ほどが経過し、一行は十層まで到達していた。一層から五層あたりでは探索者の姿もチラホラと見かけていたが、階層を上がるにつれて人影は徐々に消え、今では辺りを見渡しても自分たち以外の気配はほとんど感じられない。
そのためディアブロはベガを呼び出して、三人で攻略を進めることにした。
千葉のダンジョンの最高攻略地点は二十四層で、東京のダンジョンと比べると低いわけだが、その理由はモンスターが一回り強力だからというだけではなく、もう一つ大きな要因が存在していることに気が付いた。
それは、一層一層の面積が非常に広いことだ。
道は幾重にも枝分かれし、見えづらい場所には巧妙に罠まで設置されている。そのため探索者はモンスターと戦う以前に、正しい道を探し出すだけでも一苦労すると言わざるを得ない。
しかし、ディアブロの目には複雑に入り組んだ道がどこへ繋がっているのかが、まるで地図でも見ているかのように鮮明に映っているので、そのおかげで迷うことは一切なく無駄な時間を費やすことなく奥へ奥へと進み続けられている。
もちろん、このダンジョンも悪いことばかりではない。
唯一と言っていいほど楽な点があり、それは地形の環境が変化しないことだった。
一層から最高攻略地点である二十四層まで景色は一貫して森で統一されているため、砂漠や雪原、湿地帯といった特殊環境への対策を考える必要がない。
まぁ、もっとも、それは裏を返せば何時間も代わり映えのしない森の中を歩き続けるということであり、精神的にも肉体的にも決して楽な探索ではない。
そうしてディアブロたちは静まり返った森の中を着実に進み続けると、やがてダンジョン内で唯一モンスターに襲われることのないセーフエリアへと辿り着いた。
「どうする? 少し休む?」
辺りを見回した水瀬がそう尋ねると、ディアブロも軽く頷く。
「あぁ、そうだな。少しだけ休憩を取るか」
三人はセーフエリアへ足を踏み入れ、それぞれ近くの地面へ腰を下ろした。
ディアブロはこれまで何度もダンジョンへ潜ってきたが、実はセーフエリアに入るのは今回が初めてだった。何故なら、ベガという魔獣を仲間にしている以上、他の探索者にその存在を見られるわけにはいかなかったからだ。
しかし、この千葉のダンジョンは探索者の数自体が少ない。実際、セーフエリアを見渡しても人影は一つもなく、静寂だけが辺りを包んでいた。この状況ならベガを外へ出していても、誰かに目撃される心配はない。
「さぁ~~ベガちゃん!!ママが作ったお菓子だよ!!たくさん食べてね」
そう言って水瀬は母親がベガのためだけに作ってくれた専用のお菓子を差し出す。
「ガウッ!」
待っていましたと言わんばかりに尻尾を勢いよく振ったベガは、一目散に駆け寄ると夢中になってお菓子を頬張り始めた。その幸せそうな食べっぷりに、水瀬も自然と頬を緩める。
「ディアは何か食べる?軽食程度なら作って来たから」
「あぁ、もらう」
ディアブロは水瀬から弁当を受け取り、軽く礼を言って蓋を開けた。
気付いた人もいるかもしれないが、水瀬はついこの間から、パーティーメンバーだけでいる時に限りディアブロのことを「ディア」と呼ぶようになった。
もともとは身体の持ち主である春宮の名前で呼んでいたのだが、本人としてはどうにも違和感が拭えなかったらしい。
『こっちで勝手にあだ名をつけてもいい?』
そう水瀬に尋ねられたディアブロは、変な呼び方でさえなければ特に名前への拘りはなかったため、二つ返事で了承した。
そして生まれたのが、「ディア」という呼び名である。
ちなみにディアブロ本人は絶対に口へ出すことはないが、この「あだ名」を密かに気に入っていた。
そうして束の間の休憩を終えたディアブロたちは再び立ち上がると、森の奥へ向かって歩き出し、その日は二十層まで攻略を完了させるのであった。




