第105話 千葉のダンジョン。
タクシーに揺られること数時間。
窓の外に流れていた都会の街並みは次第に姿を変え、やがて目的地である埼玉県へと辿り着くと、ディアブロたちは料金所の前でゆっくりと停車した。
「遠いところまで、ありがとうございました」
水瀬は運転手へ丁寧に頭を下げると代金を支払い、タクシーが静かに走り去っていくのを見送る。
「さて、千葉ですね。まず、どうしますか?とりあえずギルドに行きますか?」
探索者が自分の活動拠点を離れ、別の地域で活動する場合は、まず現地ギルドへ顔を出して挨拶を済ませるのが暗黙のルールとなっている。
それは礼儀という意味合いだけではなく、安全管理のためでもあり、自分たちがどこのダンジョンへ潜るのかを事前に伝えておけば、万が一予定日を過ぎても戻らなかった場合、ギルドは足取りを追い、迅速に捜索へ乗り出すことができるからだ。
もっとも、それは「帰れなくなるかもしれない」という危険を前提とした話であり、その前提自体がディアブロには存在しないので、ゆえに返ってきた答えは迷いも躊躇もない一言だった。
「要らない。このままダンジョンに入るぞ」
その言葉に水瀬も「やっぱり」と苦笑を浮かべていた。
ディアブロ一行は現地ギルドへ立ち寄ることなく、そのままダンジョンへと足を運ぶのであった。
◇
千葉のダンジョンは、東京に比べれば探索者の姿が圧倒的に少ない。
入口付近こそ人影は見えるものの、慌ただしく人が行き交う東京とは違い、どこか静かで落ち着いた空気が漂っている。
その理由は単純だった。
出現するモンスターは一筋縄ではいかない強敵が多いにもかかわらず、素材の換金率は決して高くない。そのため、効率良く稼ぎたい探索者にとっては、危険と報酬が釣り合わないダンジョンという認識が広まっていた。
では、そんな旨味の少ないダンジョンへ、少ないとはいえ探索者が足を運ぶ理由は何なのか。
答えは〝特訓〟である。
手強いモンスターとの戦闘は、単純なレベル上げでは得られない濃密な実戦経験を積むことができる。
そこで磨いた技術や判断力は、普段活動している狩場へ戻った時に確かな成長として表れ、パーティー全体の実力を一段階引き上げてくれる。
だからこそ、効率を求めない探索者たちは、自らを鍛えるためだけに千葉のダンジョンへ足を運ぶのである。
「じゃあ、私たちも‥‥その訓練が目的なの?」
周囲を見回しながら、水瀬が不思議そうな表情で尋ねる。
「いや、違う。ここのモンスターが他のダンジョンより多少強かったとしても、お前達二人からすれば誤差に過ぎない。今回ここへ来たのは、いつものダンジョンが使えないからだ。それに、わざわざ千葉を選んだのには別の理由がある」
「何よ?その理由って」
興味を惹かれた水瀬はすぐさま聞き返したが、ディアブロは軽く前方へ視線を向けるだけだった。
「それは、また追々説明する。今はダンジョンに集中しろ。ほら、進むぞ」
そう言って歩き出した背中を見ながら、水瀬は小さく肩を竦める。
ディアブロがこの場で理由を明かさなかったのは、隠し事をしたかったからでも、口にしづらい事情があったからでもない。
ただ、この場で説明を始めれば余計な質問が増え、面倒なやり取りになることが目に見えていたため、説明を後回しにしただけである。
そうして説明を放棄したディアブロの背中を、水瀬とベガが当然のように追い掛け、三人は静まり返った埼玉のダンジョンへと足を踏み入れていくのであった。




