第104話 政府命令。
スタンピードが無事に解決し、一時騒然となっていた街も一日でいつも通りの平穏した日々に戻っておりディアブロたちもいつも通りにダンジョン攻略へと向かう前に、一度ギルドへ立ち寄り、これまで集めていた素材の換金を済ませることにした。
依然としてギルドの窓口を担当しているのは闇金業の人間たちであり、表向きの業務を任せる予定の正式な職員は、まだ研修の真っ最中で配属にはもう少し時間が掛かるらしく、全員の研修が終わり次第、本格的に一般の探索者へも門戸を開き、他のパーティーへ積極的に声を掛けていく予定だと説明を受けた。
換金手続きは滞りなく終わり、ディアブロたちがそのままダンジョンへ向かおうと出口へ歩き出した、その時だった。
「おい、少し待て。」
背後から声を掛けてきた林が片手を上げながら近付いてくる。その表情はどこか真面目で、普段の軽薄そうな雰囲気とは少し違っていた。
「さっきギルドから連絡があってスタンピードの報酬が支払われたから、お前達にも、その分の成功報酬を送金しておいた。それと、今からダンジョンに潜るつもりなのか?」
「もちろんだが?」
「だったら、今は無理だ」
「どういうことだ?」
林は何も言わずスマホを取り出して画面を操作すると、そのままディアブロへ差し出した。怪訝そうな表情を浮かべながら受け取ったディアブロが画面へ視線を落とすと、そこには短い一文が大きく表示されていた。
『スタンピード調査のため、東京ダンジョンは一週間完全閉鎖です。』
その内容を見た瞬間、ディアブロの眉がわずかに動く。
「まさか?ギルドがダンジョンを閉鎖したのか?」
今回の件を仕切っていたのはギルドである以上、その判断もギルドによるものだと考えたのだろう。しかし林は小さく息を吐くと、首を横へ振った。
「差出人の宛名をよく見ろ」
そう言われてメールの送信元へ目を移すと、そこには『政府緊急通達』という文字が表示されていた。
つまり、この命令はギルドではなく、そのさらに上の国から直接出された緊急措置であった。
国家命令ともなれば、いくら優秀な探索者を抱えている私立ギルドでも逆らうことは出来ない。仮にディアブロほどの実力者であっても、それは同じことだった。
「ってわけで、今日はいつものダンジョンに行くのは無理だ。まぁ、全てを無視して行くと言うなら、それでもいいが、もし、それがバレたら俺達のギルドは廃業になるが、分からないわけじゃないだろ?」
ディアブロは腕を組んだまま黙り込み、しばらく考え込むように目を閉じる。そして数秒後、小さく息を吐くと、
「‥‥あぁ、分かっている」
短くそう答えた。
その返事を聞いた林は肩の力を抜き、いつものような軽い口調へ戻る。
「まぁ、いつものダンジョンで探索出来ないのはうざいと思うが、この際だし違うダンジョンに行ってみたらどうだ?そうだな、埼玉のダンジョンとか面白いし、素材も旨いってよく聞くぞ?」
「‥‥まぁ、それでも悪くないか。事情は理解した。これからについて少し考えて動くから、とりあえずタクシーを呼んでおいてくれないか?」
「へいへい、分かったぞ」
そう言うと林は面倒くさそうに頭を掻きながらスマホを耳へ当て、慣れた様子でタクシー会社へ電話を掛け始めた。
その間、ディアブロ、水瀬、ベガの三人はその場に残り、これからの行き先について話し合うことにする。
「どうするの?いつもの場所は行けないんでしょ?言われた通りに埼玉に行くの?」
水瀬が首を傾げながら尋ねると、ディアブロは少しだけ考える素振りを見せた後、静かに口を開いた。
「まぁ、それでもいいが。俺としては"千葉"に行きたい」
「千葉?何で千葉?あそこってダンジョンが有名だっけ?」
不思議そうな顔をする水瀬だったが、ディアブロは首を横へ振る。
「いや、目的はダンジョンじゃない。もちろんダンジョンにも潜るが、本当の目的は別にある。だから今日は千葉へ向かう。それと、今日中には戻らない。泊まりになる」
「と、泊まり!?いきなりね‥‥でも、服とかないわよ?どうするの?」
突然の予定変更に水瀬は目を丸くするが、ディアブロはまるで最初から決めていたことのように淡々と答えた。
「向こうで揃えるから問題ないだろ?お前も母親に連絡しておけ」
「はぁ‥‥分かった。本当に何もかもが急ね」
呆れたように肩を落とした水瀬はスマホを取り出し、母親へ電話を掛け始める。急な外泊を説明する声が小さく聞こえる中、ディアブロは静かに腕を組み、何かを考えるように遠くへ視線を向けていた。
やがて水瀬の通話が終わるのとほぼ同時に、一台のタクシーがギルドの前へ滑り込むように到着し、ゆっくりと三人の前で停車した。




