第102話 すべては考え通り進む。
「ま、魔獣だと!?何をバカな事を‥‥魔獣なんて‥‥おとぎ話や言い伝えの話で、現実にいるわけがないだろ!?」
ディアブロが生きていた時代、魔獣の存在は決して多くはなかったものの、確かに実在していたが時代が進んだことによるものなのか、それとも別の何かが原因なのかは分からないが、長い年月の中で世界は大きく変貌を遂げ、今では魔獣という存在そのものが歴史の闇へと消えて、ごく一部の人間しか知らない伝説上の存在となっていた。
だからこそ、そんな幻の存在が現実に存在していると言われても、簡単に受け入れられるはずがない。それでも綾小路が「魔獣は存在する」とここまで断言できる理由は一つだけだった。
彼だけは、その可能性を示す確かな痕跡を知っているからである。
遥か昔、この世界には魔獣と呼ばれる神にも等しい存在が実在していたと、そんな古い文献を偶然目にしたことが、全ての始まりだった。
その日から綾小路は人生の全てをその存在の証明へと捧げ、魔獣を実在するものとして証明することこそ、自らの研究者としての最大の目標となったのである。
「魔獣が存在しないと言うなら、あの穴から観測されたあり得ないほどのマナ異常、二十層で起きたモンスターの消失、そして、あのダンジョンだけで次々と起きる異常現象をどう説明する?これだけ常識では説明出来ない現象が重なっているんだぞ?」
そう。全ては、あのダンジョンだけで起きている。
緊急会議が開かれるほどの異常なマナ変動を観測したのも、二十層からモンスターが跡形もなく消え去ったのも、スタンピードの発生源が一向に見つからないのも、その全てが、あのダンジョンだけで起きている異常だった。
この世で起こる全ての出来事には必ず原因が存在する。そして今、目の前で起きている異常の数々は、人間の力だけでは到底到達できない領域で引き起こされていることを示していた。
ならば、それら全てを説明できる答えは一つしかない。魔獣という、神にも等しい幻の存在を認める以外に説明がつかないのだ。
「‥‥確かに、お前の言う通りだ。あのダンジョンで起きている異常を説明するには、魔獣くらいの存在がいなければ辻褄が合わないのは分かった。だが、それを今この場で話したところで意味はないだろ? 俺達だけで議論しても答えは出ない。今はスタンピードを止める方が先決じゃないのか?」
その言葉はもっともだった。
ギルドマスターがここへ来た目的は、スタンピードの発生源を一刻も早く突き止め、暴走するマナの変動を収めることであり、魔獣の存在について議論を交わすためではない。
「確かに、この場で議論しても意味はない。だが、スタンピードの件なら、もう解決しているんだ。」
「はぁ?どういうことだ?」
「まだ分からないか?二十層のモンスターは魔獣によって一瞬で蹂躙された。あれほどの存在が低層で全力に近い攻撃を放てば、二十層のマナがどうなるかくらい想像できるだろ?」
そこまで説明され、ギルドマスターもようやく綾小路の考えへと辿り着く。
つまり今回観測された異常なマナ数値の変動は、全て魔獣による攻撃が引き起こした余波であり、騒がれていたスタンピードそのものが最初から存在していなかったという結論だった。
「それに思い出してみろ。あの穴の最下層で観測したマナ数値の異常を。あれだけのマナを放てる存在が二十層で一瞬でも戦えば、マナの変動が起きても何一つ不思議じゃないだろ?」
「確かに‥‥。だから、お前は魔獣が実在していると確信したのか。」
「そうだ。最下層を調査し研究した時点では、魔獣の仕業か、それとも未知の異常現象か、その二つで迷っていた。だが今回、その後者の可能性は完全に消えた。二十層という、人間の目の前で同じ現象が起きたからだ。」
綾小路はそこで一度言葉を切り、ゆっくりと口角を吊り上げる。
「いいか?もう俺達は、あの穴から目を背けることは出来ない。そして人類は、これから未曾有の危機を迎える。魔獣という圧倒的な力を持つ存在が、既に穴を飛び出しダンジョン内を歩いているんだ。それはつまり、条件さえ揃えばダンジョンの外へ現れる可能性すら十分にあるということだ。」
綾小路は終始笑みを浮かべながら語っていた。
しかし、その笑みは恐怖に怯えた末のものではない。長年追い求め続けた伝説の存在が、今まさに自分の目の前まで現れようとしている。その事実が、研究者としての好奇心と探究心を抑えきれないほど掻き立てていたのである。
対照的に、ギルドマスターの表情からは血の気が失せていた。
頭の中では、この未曾有の事態をどう収束させるべきか、あらゆる可能性を必死に巡らせていた。しかし、日本中、いや世界中の探索者全ての戦力を結集したとしても、神にも等しい魔獣という存在に勝利できる未来だけは、どうしても思い描くことが出来なかった。
重苦しい沈黙が部屋を支配する中、不意に綾小路の部下が慌ただしく声を上げる。
「ダンジョン内のマナ数値が下がりました。」
その報告を聞いた瞬間、綾小路は静かに目を細めた。
全ては――綾小路の考えた通りになってしまった。




