第101話 明かされる事実。
その文字を目にした瞬間、ギルドマスターの表情が凍りついた。
目を大きく見開き、何度も紙面に書かれた文字を追い直すその顔には、今まで誰にも見せたことがないほどの動揺が浮かんでいる。それはまさに、”驚愕”という言葉以外では言い表せないほどのものだった。
「お、お前‥‥これ!!ど、どういうことだ!?縦穴って‥‥お前、まさか‥‥あの穴を調査したっていうのか!?」
思わず紙を握る手に力が入り、声を震わせながら問い詰めるギルドマスターに対して、綾小路は何事もなかったかのような顔をしていた。まるで今日の天気についてでも聞かれたかのような、あまりにも軽い調子で――
「そうだが。」
ただ、それだけを返すのであった。
その返答を聞いた瞬間、ギルドマスターのこめかみに青筋が浮かぶ。
自分がどれほどとんでもないことをしたのか理解していないどころか、何をそんなに驚いているんだ?とでも言いたげな綾小路の態度に、辛うじて保たれていたギルドマスターの理性は限界を迎え、ついにその怒りが爆発するのであった。
「今まで幾度となくお前の我儘に振り回されてきたが、ここまでバカだとは思っていなかったぞ!!お前、分かっているのか?あの穴に関しては国から”調査禁止”という指令が出ていただろ!?それを無視して勝手に調査をして、もしこれがバレたらって考えなかったのか!?」
怒鳴り声が広い室内に響き渡る。
しかし、それでも綾小路の表情は変わらない。
その態度が余計に腹立たしく、ギルドマスターは握り締めた紙を綾小路へ突きつけるようにしながら、さらに声を荒らげた。
「分かっているのか?自分の経歴が消えるだけじゃないんだぞ!?最悪、国家転覆罪に問われてもおかしくないんだぞ!?ちゃんと理解しているのか!?」
ギルドマスターがこれほどまでに怒るのは、何も国からの命令を破ったことだけが理由ではない。
――彼を心配しているからだ。
本人同士がそれを言葉にすることはないが、長い付き合いの中で、互いに相手をどう思っているのかを口にしたことなど一度もなかったが、それでも相手のことを思っているからこそ、ここまで本気で怒ることができる。
もし本当にどうでもいい相手なら、国の命令を破ろうが、経歴を失おうが、その先にどのような末路が待っていようが知ったことではない。
だが、その思いが相手に届くかどうかは別問題である。
相手が普通の思考と感性を持った人間ならば、ここは自分の軽率な行動を反省し、少なくとも謝罪の一つでも口にする場面なのだろう。
しかし、綾小路秀人という人間は、普通という言葉の対極に位置する人間なのだ。
「それが――何だって言うんだ?」
返ってきた言葉に、ギルドマスターの顔が引きつる。
やはり、何一つ届いていない。
だが、綾小路もこれだけの言葉を浴びせられて、それでも何も感じないほど鈍感な人間ではない。大きく息を吐くと、感情を露わにするギルドマスターとは対照的な落ち着いた声で言葉を続けた。
「それをちゃんと読め。それを読めば‥‥俺がやっていることが間違いではないと気付くはずだ。お前ならな。」
そう言われたギルドマスターは、しばらく綾小路の顔を睨みつけていたものの、やがて何かを堪えるように息を吐くと、言われるがまま再び手元の紙へと視線を落とした。
そこに記されていたのは――あの縦穴に関する詳細な調査報告だった。
ダンジョンの下には、現在確認されているダンジョンそのものの規模を遥かに超えるほどの巨大な空間が広がっている。以前から研究者たちの間では、一つの疑問が存在していた。
――ダンジョンの下は、一体どうなっているのか?
その疑問を確かめるため、過去にはダンジョンの外側から地面を掘り進め、地下からダンジョン内部へ到達しようとする調査も行われた。しかし、どれだけ地面を掘り進めても、そこに存在していたのは何の変哲もない土と岩だけであり、ダンジョンへと繋がる空間は一切発見されなかった。
つまり、ダンジョンの地下は、地球の地下空間とは繋がっていない。
少なくとも、現在の常識ではそう結論づけるしかなかった。そして、今回調査された縦穴は、その常識をさらに大きく逸脱するものであった。
穴の深さは‥‥二千メートル以上に及ぶ。
それだけでも異常な規模だというのに、横幅に関しては周囲を覆う完全な暗闇によって、調査機器を用いても正確な広さを感知することができなかった。
さらに、その巨大な縦穴の内部にはモンスターの存在も確認されている。
しかし、その姿や種類、どの程度の数が生息しているのか、その実態については未だ確認が取れていない。
そして、最下層‥‥二千メートル以上もの深さを降りた先に存在していたその場所は、何もかもが異常であった。
マナの数値、空気、温度、湿度の、その全てが、地球上の地下空間として考えれば説明のつかない数値を示していた。
何より異常だったのは、これだけの深さまで降りたにもかかわらず、呼吸のしづらさを一切感じなかったという事実である、この場所には酸素は存在している。
人間が活動できる気温が保たれており、長時間その場所に滞在しても、人間の生命活動に致命的な問題は確認されなかった。
つまり――あの最下層は、人間が生きられる環境として成立している。
そこから先には、採取されたマナの数値や大気成分、空間構造について、研究者でもなければ理解することすら困難な専門用語を用いた考察が延々と続いていた。
ギルドマスターは眉間に深い皺を寄せながら、一つ一つの文章を追っていく。
そして‥‥報告書の最後に、そこに記された一文を目にした瞬間、紙を持つギルドマスターの指が止まった。
以上の調査結果から、あの最下層には――魔獣の存在があり得ると。




