第9話 人間になった覇王の一日。
――ぐぅぅぅ!!
ダンジョンからの帰り道、その静寂を破るようにディアブロの腹から轟音が響き渡った。
かつてのディアブロは自ら食事を必要とせず、相手の生命力を奪うことであらゆる欲求を満たしていたため、“空腹”という感覚そのものを一度も経験したことがなかったが、今は違う。
人間の肉体を得たことで、初めてその未知の感覚に直面していた。
「何だ、この奇妙な感覚は‥‥体の力が抜けていくような不快な苦しさだ。これが‥‥空腹というものなのか。」
自分の内側で起きている変化を確かめるように呟くディアブロに対し、隣にいるベガも「ん?」と首を傾げながら不思議そうな表情を見せている。
「何でもない。ただ、人間になったということを実感していただけだ。それよりも、我が空腹を感じるということは、お前も同じ状態になるのか?」
「ワン!!」
迷いのない返事に、ディアブロは一つ頷く。
「そうか。ならば、放置するわけにもいかんな。」
そう判断したディアブロは食料の確保に向かうことにしたが、当然ながら料理などという行為はこれまでの人生で一度も経験したことがなく、ベガが何を口にするのかも把握していないため、春宮の記憶を頼りに“ミルク”と、焼けば食べられるであろう適当な肉を可能な限り購入し、自宅へと戻る。
だが――現実は、彼の想定よりも遥かに厳しかった。
「どうしてこうなった?」
目の前にあるのは、本来“焼くだけ”で食べられるはずだった肉の成れの果て――完全に炭化した黒い塊である。
火加減という概念を持たないディアブロが、最高火力で一気に焼き上げた結果、食材は見事に“食べ物ではない何か”へと変貌していた。
「くぅ~~」
その様子を見ていたベガも、明らかに落胆したような声を漏らす。
「そんな声を出すな。知識として知っていても、実際にやったことがなければ再現できないということが分かっただけだ。」
一度状況を整理するように言葉を区切り、続ける。
「だが、問題はここからだ。我は多少空腹でも耐えられるが、お前には何か食わせねばならん。しかし、先程の買い物で資金は使い切ってしまった。」
完全に行き詰まったかに思えたその時、ベガが一声鳴き、どこからともなく“肉の塊”を取り出す。
それはディアブロが消し飛ばしたブラックドラゴンのドロップ品の一部であり、回収されずに残っていたものをベガが密かに確保していたのであった。
「ベガ、お前‥‥我の代わりに回収していたのか。」
「ワン!!」
誇らしげに返事をするその姿に、ディアブロは深く頷く。
「実に見事な判断だ。流石は我のルークであるな。ならば今度こそ、焦がさぬよう慎重に焼くとしよう。」
「ワン!!」
二度目の調理は、先程の失敗を踏まえたことで無事に成功し、香ばしく焼き上がったドラゴン肉をディアブロとベガは満足するまで味わうこととなった。
そして翌日――
それはディアブロにとって、初めて“学校”という場所へ足を運ぶ日である。
かつての彼であれば、そのような場所に価値を見出すことはなく、足を踏み入れることすらあり得なかったが、春宮湊の記憶と、自らの過去に対する認識の変化が重なったことで、その価値観は大きく変わっていた。
むしろ今は、未知の環境に対する興味すら抱いている。
そして、その理由は単なる興味だけではない。
春宮が通っている学校は探索者を育成する専門機関であり、その教育方針も厳格であるがゆえに、有望な人材が集まりやすい環境である。
つまり――
自らの“駒”となる仲間を見つけるには、これ以上ない舞台であった。
――さぁ、明日が楽しみだ。




