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黒魔術師の隷属契約  作者: 小野寺 大河
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五章 悪魔契約 ④

新人賞の応募原稿を、最初から最後まで、毎日少しずつ上げていきます。

 ビアスは〈オーバーキル〉を構え、ヨルムンガンドへ突っ込んでいく。

「切り刻んでやるよ」

 大蛇の喉元に接近し、魔神剣で斬りつけた。

 手応えはあったが、皮膚が異常に硬く、浅い傷を付けるのがやっとだ。

 それでもビアスは巨大な蛇へ向かっていく。

 その巨躯の周囲を縦横無尽に飛び回り、機動力で翻弄しようとする。

 過ぎたるは及ばざるが如し。

 巨大すぎる体を持て余し、小回りには対応できないと踏んだのだ。

 ヨルムンガンドは首を左右に振っているが、攻撃はしてこない。

 大蛇の背後に回り込む。

 死角のはずだ。

 ビアスは、魔神剣を振り抜こうとした。

 突如、銀色の鱗が光り、ビアスは突き飛ばされたように弾かれた。

 ヨルムンガンドには触れてもいなかった。

 どうやら、瞬間的に魔力を発散しただけのようだ。

 これでは近寄ることもできない。

 ビアスが少し距離を取り、滞空していると、ヨルムンガンドの赤い舌がビアスに伸びてきた。

 それを間一髪で回避するが、ビアスの体の左側面に強い衝撃が走った。

 一瞬何が起きたのか分からない

 ヨルムンガンドの尾がうねっているのが見え、直前の衝撃の正体が判明した。

 弾き飛ばされたビアスは、そのまま地面に叩きつけられる。

 大ダメージを受け、よろよろと立ち上がると、大蛇の頭が肉薄してきている。

 躱すことができず、剣で受け止めようとする。

 しかし、圧倒的な力の奔流の前では、何もできない。

 押し潰される!

 とうとう〈アカデミー〉の敷地を囲う壁まで押し流され、背中から激突する。

 頑丈な造りの鋼鉄製の外壁がいとも簡単に破壊され、それに巻き込まれたビアスは壁の残骸の中で、ぐったりと倒れている。

 校舎の方から大勢の人影が現れる。

 皆一様に同じ制服を着ている。

 〈グロリア〉だ。

 優秀な魔術師たちが、大挙してヨルムンガンドの討伐にやって来たのだ。

 〈グロリア〉の隊員たちは各々、〈ポータブル〉で高等魔術を発動させたり、ショコラのように武器を現出させたりして交戦し始める。

 しかし、ヨルムンガンドがその尾を一振りしただけで、何十人という魔術師が薙ぎ払われる。

 反対に、彼らの攻撃は大蛇の厚皮に傷さえ付けられない。

 ヨルムンガンドが何度か尾を振り回すと、その度に魔術師たちが蹴散らされ、ものの数分で、帝国が誇る治安維持組織〈グロリア〉の隊員が一掃されてしまった。

 その様子を眺めていたワイズマンが、高笑いしながら、

「ヨルムンガンドに勝てるわけがない」

 破壊された鋼鉄の外壁に埋もれていたビアスが、いつの間にか立ち上がり、ワイズマンとヨルムンガンドの方へ飛んできていた。

 ダメージが大きいせいで上手く飛行できず、ふらふらとしている。

 誰も彼もが倒れる中、ビアスだけが怪物に立ち向かう。

 ワイズマンがビアスに、嘲笑を込めた笑みを向け、

「まだ戦うつもりか?」

「当然だろ。ヨルムンガンドも倒してないし、アーニャも助けてない」

「貴様は何故、それだけの力を持っているのに、私利私欲のために使わないのだ? 黒魔術は禁忌の象徴。黒魔術を学びながら、どうして人助けなどする?」

「黒魔術が悪いものっていう前提から間違ってるぜ。俺は人を救うために、黒魔術を勉強しようと思ったんだよ。正しい心を持って扱えば、人を救うことができると信じてる」

 ワイズマンは理解できないとでも言うように首を傾けた後、何かを思いついたのか唇の端を上げる。

「貴様はアーニャ・アルカナの正体を知っているのか?」

「第二王女なんだろ。ジャッカル、だっけ? そいつとも同じような会話をしたよ」

「ならば話が早い。第二王女には決められた人生のシナリオがある。王室が保身のため――つまり、皇帝のスキャンダルをもみ消すために用意したつまらないシナリオだ。田舎で母親と二人で暮らしながら育ち、相応の男と結婚して、平凡な人生を送る。それが第二王女の物語だ。まさか魔術に興味を持つとは思わなかったがな。ともかく、そのようなつまらないシナリオに、第二王女の封殺された強大な魔力を埋没させるのは、極めて惜しいと思わないか? だから私が使ってやってやろうと言っているのだ」

 言い終えると、ワイズマンは不遜に笑った。

 今の話が仮に本当のことだとしても、わざわざ言う必要のないことだ。

 ビアスの気に障るような話題を、故意に聞かせたのだ。

 唾棄すべき男と言って、差し支えないだろう。

 不意に、弱りかけていたビアスの魔力が上昇した。

「ふざけるな」

 怒りに満ちた声で、ビアスが呟いた。

 そして、ワイズマンをきつく睨み付け、

「アーニャはアーニャが思うように生きる」

「小娘に何ができるというのだ?」

 現状アーニャは、王室のお家事情に巻き込まれ、ワイズマンの野望のために利用されている。

 彼女ではどうしようもない大きな力によって翻弄されているのだ。

 ワイズマンはビアスを睥睨し、高圧的に言う。

「貴様らの努力は水の泡になり、思想は、いや理想は打ち砕かれるだろう」

 その言葉と共にせせら笑った瞬間、ビアスの魔力が爆発的に跳ね上がった。

「アーニャはてめぇなんかが扱える女じゃねぇんだよ!」

 ビアスが両目を大きく見開き、

「〈イービル・アイ〉」

 スカーレットの二つの瞳が、輝きを何倍にも増していく。

 〈イービル・アイ〉――邪眼が発動すると、その双眸に万物を見通す特殊な能力が宿る。

 ビアスは、ヨルムンガンドの巨大過ぎる全身を迅速に注視し、魔力の綻びを探す。

 そして、精神干渉魔術によりテレサにテレパシーを送る。

 高等魔術に分類される精神干渉魔術の初歩の技術であり、耳を通さず、直接頭の中に双方の声が響く。

「先生、聞こえますか」

「ビルシュタインか」

 すぐにテレサの反応があり、

「とんでもない化物だな、あれは。お前大丈夫なのか?」

「あまり大丈夫じゃないです」

 ちょうどそのとき、ヨルムンガンドがビアスに向かって、尾を叩きつけてきた。

「ビルシュタイン!」

 テレサの叫び声が脳内に聞こえた。

 ビアスは間一髪のところでそれを避け、

「今の俺は悪魔の力に依存し過ぎると、還って来られなくなります。限度を超えると、魂が完全に食い潰されるんです」

「制限があるってわけか」

「はい。なので、次の一撃に俺が自分自身の意思で扱える悪魔の力を込めます。これは絶対に当てなきゃいけない。そうしないと、俺達の負けです。回避されるのも、防がれるのも許されない。そこで、先生にお願いがあります」

「まったく、人使いの荒いやつだぜ」

 テレサが嘆息したのが聞こえたが、

「それで、私は何をすればいい?」

「俺が攻撃する直前に、あいつの動きを止めてくれませんか? 少しの間で良いんで」

「少しの間で良いって、お前。あんな怪物どうすればいいんだよ」

「目を狙ってください」

 〈イービル・アイ〉を発動した結果、ヨルムンガンドの目は厚皮に覆われていないというだけでなく、魔力の密度が低い。

 安易に近づけば、魔力の発散を受けてしまうが、テレサの魔装バズーカならその心配もない。

 しかし、自分の要求が、いかに難しいかは分かっている。

 標的が大きいとは言え、屋上からはかなり距離があり、魔力砲撃で目だけを正確に狙うなど荒唐無稽に思える。

 その上固定目標ではないため、偏差射撃が求められる。

 標的が移動する場合、発射時から着弾するまでに、照準に誤差が生じるため射撃補正が必要になる。

 砲撃の速度や標的の速度から生まれるその誤差を、予め計算に入れなければならない。

 標的の速度にもよるが、彼我の距離が大きければ大きいほど命中させるのは困難になる。

 ヨルムンガンドの動きは緩慢とは言えず、難易度が下がるわけではない。

 ビアスは確認するように、テレサに尋ねる。

「お願いできますか」

「任せとけ」

 テレサが力強く、そう答えた。

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