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黒魔術師の隷属契約  作者: 小野寺 大河
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五章 悪魔契約 ③

新人賞の応募原稿を、最初から最後まで、毎日少しずつ上げていきます。

 その瞬間、魔法陣を中心に、屋上に突風のような魔力波が吹き荒れた。

 粉々になって破損していた屋上の床が、風圧で払われる。

 やがて、魔力の風が止むと、ビアスの体内に膨大な魔力が満ちていた。

 つい先程まで立っていることさえ難しかったはずだが、それが嘘だったようにしっかりと姿勢を保っている。

 しかし、変化はそれだけではない。

 赤褐色の双眸が紅玉――スカーレットになり、彼の背中には漆黒の大きな翼が生えている。

 普段の緩い雰囲気は影を潜め、その表情は逼迫した様相を呈している。

 近くにいるだけで、肌がひりつくようだ。

 余裕や遊びといったものは皆無だ。

 ビアスが発動した術式は、儀式契約魔術の一種で、正真正銘の黒魔術だ。

 現代魔術にも契約魔術はある。

 善性の精霊や使い魔と契約するのだ。

 ビアスは過去に儀式を執り行い、黒魔術と指定された悪魔の長との契約をしたというわけだ。

 これにより、一時的にだが悪魔の力を使用することができる。

 しかし、ビアスはこの術式を数回しか使ったことがない。

 悪魔の力を借りることなど、頻繁に行うことではないからだ。

 だから、本当に窮地に立たされたときのみ使用することにしている。

 過去の例を出すと、ショコラを助けたときがそうだ。

 これがビアスの本当の切り札。

 漲る魔力を確認するように、右手を開閉させる。

 体中から力が湧いてくるのが分かる。

 ビアスの変貌を目の当たりにし、屋上にいた全員が驚きを見せる。

 しばらくして、テレサが口を開いた。

「お前、悪魔と契約したっていうのか……?」

「そうしなきゃ、俺は何も守れなかったんです」

「だが、悪魔と契約なんて、お前大丈夫なのか?」

 テレサが心配そうな眼差しで聞いた。

 契約魔術には対価が必要だ。

 悪魔との契約ともなれば、想像もつかないようなリスクを負ったはずだ。

 テレサはそれを気にかけたのだ。

「魂を捧げました」

 ビアスは淡白に答えた。

 決して進んで受け入れているようではない。

 しかし、後悔しているわけでもなさそうだ。

 表現としては、諦観というのが最も近いかも知れない。

 ビアスの回答は、その場にいる者をさらに驚かせた。

 テレサたちが黙り込んでいると、ビアスは第二グラウンドの方へ向き直り、

「行ってきます」

「何言ってる。私も行くぞ」

 ビアスが大きく首を横に振る。

「先生はここでミオの側にいてやってください」

 ビアスの背中の翼が、勢い良く広がる。

 いよいよ戦線に向かうビアスに、ミオが声をかける。

「ビアス、頑張って。それと、死なないで」

 それにつられるように、テレサも、

「アーニャ様を頼んだ」

 ビアスは二人の言葉に深く頷き、

「必ず、連れて帰ります」

 漆黒の翼を羽ばたかせ、大空へと飛翔した。

 この翼により、高等魔術である飛行魔術と同等の効果を得ている。

 ビアスはまるで弾丸のように戦場へ突っ込んでいく。

 第二グラウンドを覆う結界の手前に着くと、高度を上げて、結界の頂上の直上で滞空する。

 この結界は、儀式に関わる魔術師たちが共同で練成したものだ。

 だからここまで大規模なものを練成することができたのだろう。

 ビアスが右手に魔力を集め始める。

 するとそこに漆黒の大剣が顕現した。

 ――魔神剣〈オーバーキル〉。

 全長が二メートルを超え、剣身も鍔も柄も、闇のように深い黒だ。

 ビアスは魔神剣の柄を逆手に持ち替え、両手で握り締める。

 それから、結界の一点に向かって真っ直ぐ突き刺した。

 すると、魔神剣の剣先から結界に亀裂が入り、枝分かれして広がっていく。

 剣を引き抜き、順手に持ち直すと、ひび割れたところに向かって叩きつけるように斬りつけた。

 亀裂部分の魔力で練成された半透明の壁が剥落し、人が一人通るのに充分な隙間ができる。

 大きな翼を起用に折り畳み、そこから結界内に侵入する。

 地上にはローブを被った魔術師が、数えるのも億劫になるくらい点在している。

 彼らは校内の魔術師とは比較にならない手練れであり、儀式のための魔法陣を錬成している。

 ビアスは高度を落としつつ、左手を地上に向かってかざした。

 左の掌に膨大な魔力が集まり、スカーレットの瞳が強く光る。

「〈イービル・レイン〉!」

 驟雨のような漆黒の鏃が、第二グラウンドに際限なく感じるほど降り注ぐ。

 無数の鏃が地面に着弾すると、土柱が高く上がり、土砂や石が辺りに飛散する。

 土煙のせいで、何も見えない。

 様子は全く分からないが、〈アカデミー〉の構内に、爆撃音とローブの魔術師たちの呻き声が木霊するのが聞こえる。

 死の雨が止むと、魔法陣の練成に携わる上級の魔術師たちが薙ぎ倒されており、死屍累々の様相を呈していた。

 もはや個人が扱う術式の範疇ではない。天災規模の破壊力だ。

 しかし、一箇所だけ被害を受けていない場所がある。

 ビアスが唯一攻撃の範囲外とした空間だ。

 超巨大な魔法陣の中央、そこには三つの人影がある。

 一つは、一度だけ写真で見たことがある今回の事件の首謀者、ワイズマン。

 それから、その大男の後ろに控えている強敵、クロエ。

 そして、最後の一つは、ビアスがその姿を一刻も早く見たかった少女、アーニャだ。

 ビアスは速やかに降下し、地上に荒々しく着地する。

「アーニャ!」

 その名を呼ぶと、魔術で自由を奪われているアーニャは、戸惑った様子で、

「ビアス……よね?」

 ビアスの背中の黒翼と、紅玉の二つの瞳がアーニャを懐疑的にさせるのだろう。

 半信半疑といった表情で、ビアスを注視している。

 そのアーニャの後ろで、ワイズマンが不敵な笑みを見せながら、

「よくここまで来たな、黒魔術師――いや、ビアス・ビルシュタイン」

「アーニャは返してもらう」

 ビアスが〈オーバーキル〉を構え、ワイズマンを見据えた。

 ワイズマンはビアスの全身を眺め、

「悪魔と契約し、その力を一時的に借りているのか。確かに強大な力を感じるが、少し遅かったな。もう魔術は発動している」

「何だと?」

 ビアスの眉宇に焦燥が浮かんだ。ワイズマンは両手を天へ掲げ、高らかに叫ぶ。

「大地の杖よ、ここに顕現せよ――〈ヨルムンガンド〉」

 突然、アーニャが顔を苦痛に歪ませ、呻き始めた。

 その直後、アーニャの体から間欠泉のように莫大な魔力が溢れ出す。

 先程のビアスの術式により荒涼となったグラウンドに、魔法陣のラインがくっきりと浮かび上がった。

 地震のような現象が局所的に起きる。

 アーニャの魔力を燃料に、広大な第二グラウンド全体に錬成された巨大な魔法陣が発動したようだ。

 ビアスは揺れる大地に立っていられず、黒翼を羽ばたかせ、中空に浮遊する。

 そして、苦しそうにしているアーニャの元へ飛行していく。

 しかし、アーニャが台風の目となり、その周囲に暴力的な魔力波がうねっていて、全く近づけない。

 それどころか何もかもを押し潰そうとするその圧力のせいで、はるか後方に吹き飛ばされてしまう。

 やがて、魔力の嵐が収まると、その中心にいたアーニャが横たわっている。

 少し離れた場所にいたワイズマンが、アーニャを一瞥し、

「クロエ、そいつを連れて離れていろ。まだ生きているらしい。利用価値がありそうだ」

 指示を受けたクロエは、即座にアーニャを抱え上げ、その場から距離を離れた。

「アーニャ!」

 大声で叫ぶビアスがクロエの後を追おうとすると、ワイズマンがすっと立ち塞がる。

「貴様は自分の心配をしたらどうだ」

 その刹那、魔法陣から地底から浮上してくるように、何か巨大な影が姿を現す。

 頭部から出てくるそれが、蛇であるとすぐに分かる。

 ――大蛇だ。

 無感情の瞳に、赤く長い二股の舌。

 とぐろを巻いている、太く長大な胴と尾。

 ぬめりのある鱗は銀色で、光沢がある。

 いよいよ、全身が顕になる。

 とにかく巨大で、第二グラウンドの敷地を丸ごと覆うほどの大きさだ。

 その威容は、見るもの全てを圧倒する。

 やむを得ず退避していたビアスも思わず目を見張ってしまう。

 そこに存在しているだけで圧迫感があり、螺旋を描く体の全長は計り知れない。

 黒魔術の儀式召喚魔術によって、ヨルムンガンドが召喚されたのだ。

「素晴らしい」

 ワイズマンが感嘆の声を漏らした。

 一方のビアスはこの怪物が暴れ回る様を想像し、眉間に皺を寄せる。

 〈アカデミー〉の校舎は蹂躙されるだろうし、街中で暴れられたりしたら大惨事になるだろう。

 甚大な被害が出ることは目に見えている。

 そのとき、避難警報が街中に鳴り響いた。

 ローレルの市街にある時計台に設置されたスピーカーから流れてくる。

〈グロリア〉がこの異常事態を察知して、発令したのだろう。

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