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黒魔術師の隷属契約  作者: 小野寺 大河
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五章 悪魔契約 ⑤

新人賞の応募原稿を、最初から最後まで、毎日少しずつ上げていきます。

 テレサは〈ポータブル〉を使い、魔装バズーカを出現させる。

 遠距離射撃であれば、本来ならスナイパーライフルのような武器を選ぶべきだ。

 だが、バズーカの方が、威力が高いため、より大きな隙を作ることができる。

 しかし、良いことばかりではない。

 攻撃力を優先させた結果、命中率が極端に下がってしまう。

 テレサは魔装バズーカのスコープを覗き込む。

 決してスコープの性能が悪いわけではないが、この距離で標的に着弾させるのは、やはり難しそうだ。

「〈パーフェクト・スナイプ〉」

 魔装バズーカに刻まれているルーン文字のいくつかが発光する。

 すると、テレサが覗き込んでいるスコープの景色に、変化がもたらされる。

 漠然としていた標的が、今ははっきりと見える。

 魔術によりスコープの性能が上がったのではない。

 向上したのは、テレサの視力だ。

 〈パーフェクト・スナイプ〉は、強化魔術の一種で、対象の視力を引き上げる術式だ。

 スコープを通して、ビアスがヨルムンガンドの攻撃を懸命に躱しているのが見える。

 絶え間なく動く大蛇の目をスコープで追う。

 最初はその不規則な動きに対応できずにいたが、次第に慣れてきたのか、照準が合うようになってきた。

 そして、ここだと思った瞬間、

「――〈ハイエナジー・バスター・フルスロットル〉!」

 バズーカの砲口から標的に向かって、一筋の光芒が走る。

 最大火力の射撃は、ヨルムンガンドの右目に見事着弾した。

 巨躯が大きく仰け反り、しばらくの間体をうねらせた後、その動きが止まった。


「任せとけ」

 テレサの答えを聞くと、ビアスは体の前で大剣を構え、柄をきつく握り締めた。

 体内の魔力を余剰がなく、それ以上は危険だというところまで引き出していく。

 ここが限界だと判断すると、今度はその魔力を〈オーバーキル〉に溜めていく。

 魔力を制御し、分散して無駄が出ないよう練度を上げる。

 その作業の途中でも、ヨルムンガンドは赤い二股の舌や長い尾で攻撃してくる。

 ビアスはその度に中断を余儀なくされるが、それでも何とか集中力を途切れさせず、最後の一撃の準備をする。

 そして、そのときが来た。

 〈アカデミー〉の一年生校舎の屋上から、光の筋が見えたかと思うと、大蛇の右目に命中した。

 ビアスは悶えるヨルムンガンドの正面に周り、頭部の真上まで接近する。

 巨大な蛇を睥睨し、魔神剣を構え直す。

 苦労の甲斐あって、剣には密度の高い魔力が宿っている。

 大蛇の動きがぴたりと止まった。

 これで決める!

 〈オーバーキル〉を高く振り上げると、魔力による光渦が発生する。

 ビアスはヨルムンガンドの頭の天辺から、魔神剣を斬り下ろし、

「――〈イービル・ジェノサイド〉!」

 ビアスの渾身の剣技が、大蛇の厚く硬い皮膚を真二つに切り裂いていく。

 まさに、一刀両断。

 天を仰ぎながら、大気を揺らすほどの大きな断末魔の叫び声を上げている。

 ヨルムンガンドは地上に倒れ込む直前、魔力の粒子となって消滅していった。

 ビアスが空中でふらふらとしている。

 重症を負った状態で、魔力を極限まで消費したせいで、もう飛行していることができない。

 落下に近いが、体力を削り、速度を落としながら地上に舞い降りた。

 黒翼の羽が一斉に散り、それらは空気抵抗を受けながらゆらゆらと落ち、次々に消えていく。

 紅玉色の瞳も輝きを失い、赤褐色に戻った。

 悪魔の力の借用の恩恵は、もう失われてしまったようだ。

 突然、ビアスは大量の血を吐いた。

 悪魔契約の反動が押し寄せたのだ。

 借用の魔術の発動の時点で、すでに危ない状態だった。

 そこから黒魔術の中でも危険な術式を使用したせいで、体調はひどく悪化している。

 全身から冷や汗が吹き出し、肩で息をしている。

 体中が軋み、鈍い激痛が走る。

 無理をし過ぎたのだ。

 ビアスはもう、憔悴しきっている。

 そのとき、ワイズマンが眠らされているアーニャを抱えて、ビアスの前に現れた。

「まだだ! まだ私の野望は潰えていない!」

 必死になって叫ぶワイズマンは、どうやらアーニャを人質にしようとしているらしい。

 その直後、アーニャの体に、いきなり光が帯びた。

 そして、桁違いの魔力が発露し始める。空気が振動し、大地が揺れる。

 ――覚醒。

 ヨルムンガンドの召喚のために、封殺されていた魔力を使用したのをきっかけに、暴走してしまったようだ。

 莫大な魔力の放出により、波動のような現象が起こる。

 ビアスは為すすべなく、吹き飛ばされる。

 アーニャの最も近くにいたワイズマンは、圧殺するような魔力波の餌食になってしまった。

 アーニャは意識を失ったままで、地面からわずかに浮遊した状態で目を瞑っている。

 その顔は、苦しそうに歪んでいる。

「アーニャ……!」

 ビアスは歯を食いしばる。

 俺はアーニャの元へ行かなければならない。

 前傾姿勢を取り、少しでも足を前に出そうとするのだが、アーニャから発せられる威圧するような魔力波のせいで、一歩も近づけない。

 ビアスには魔力どころか、生命力も悪魔に奪われ、もう一切の力が残っていない。

 切り札も、もうない。

 ついには後ろへと倒れそうになるが、誰かに受け止められた。

「君の力はこんなものじゃないでしょう、ビアスくん」

 その声の主はクロエだった。

 クロエがビアスに肩を貸しているのだ。

 ビアスは目を見張ってから、怪訝な顔になり、

「何のつもりだ?」

 クロエは鷹揚な微笑を湛えつつ、いつもより真剣な口調で話し始める。

「私が生まれた村は、ワイズマンが裏で管理する区域だった。私の魔術の才能を見抜いたあいつは、私の家族を人質にし、私をずっと脅していたんだ。でも、もう私を縛るものはない。今更君の手助けをしても、私のしたことは消えないし、私の肩を借りること自体不愉快だろう。でも、実際の問題として、アーニャちゃんをどうにかしないといけない。そして、それには私の力が必要だ。そうでしょ?」

 クロエが〈ポータブル〉で防壁魔術を発動させる。

 ビアスとクロエの前に不可視の障壁が発生し、アーニャが無意識に放つ魔力波を弾く。

 二人はそのまま魔術の壁を盾に、アーニャの元へ歩を進める。

 そして、ついにアーニャのすぐ近くに到達した。

「アーニャ!」

 ビアスが呼びかけるが、まったく反応がない。

 その後も何度も名前を呼ぶが、結果は同じだった。

 テレサと会話したように、精神干渉魔術の術式を使えれば簡単なのだが、あれは相手に意識がある場合のみ有効だ。

アーニャの意識は、ヨルムンガンドが召喚されたときから途切れてしまっているため、ビアスがやっているように、繰り返し幾度も呼びかけるしかない。

 しかし、ビアスはもう一つの可能性を感じていた。

 ビアスとアーニャの二人に限って思い当たる、特別な方法がある。

 それは、隷属契約を介した意識の共有だ。

 二人は隷属契約によって、深く繋がっている。

 これを利用すればもしかすると、アーニャと対話できるかも知れない。

 もうそれに賭けるしかない。

 ビアスは瞑目し、強く念じる。

 アーニャ!

 失敗して落ち込んでも、何度も前を向こうとするアーニャに、俺は力をもらってた。

 黒魔術師だという事実を周囲の人間に秘匿して生活することに後ろめたさを抱いていたし、現代魔術の才能がないことに本当はコンプレックスを感じていた。

 それでも毎日楽しかったのは、アーニャがいたからなんだ。

 アーニャがいなかったら、俺は笑うことを忘れてしまったかも知れない。

 アーニャとなら、これからも前向きにやっていける気がするんだよ。

 アーニャは特別だ。

 小さいくせに、やたら気性が荒くて。

 いつもは気が強いのに、ときどき壊れてしまいそうに弱々しくなって。

 魔術の才能が自分には無いと葛藤しているのに、俺の想像なんか遥かに超えることやってのけたりして。

 俺にとってアーニャは、特別な女の子なんだ。

 届いてくれ。

「――アーニャ。俺の側にいてくれ……!」

 ビアスが絞り出すように、そう言った刹那、吹き付ける魔力波が弱まるのを感じた。

 それは気のせいではなく、勢いが次第に収まっていく。

 わずかに浮遊していたアーニャの体が、ゆっくりと降下してくる。

 ビアスは一人で歩き、舞い降りてくるアーニャを抱き留める。

 アーニャの矮躯は、ビアスの腕の中にすっぽり収まってしまった。

 やがて、魔力の暴走は完全に沈静化すると、苦しそうだったアーニャの表情が綻んでいき、安らかな寝顔になっていく。

 ビアスはそれを見て、ようやく心の底から安心することができた。

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