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黒魔術師の隷属契約  作者: 小野寺 大河
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四章 アーニャの目標 ④

新人賞の応募原稿を、最初から最後まで、毎日少しずつ上げていきます。

 〈アカデミー〉の構内に鳴り響いていた避難警報が止まった。

 しかし、それは危機が去ったのではなく、校内を蹂躙する者たちの侵攻が進んでいることを意味している。おそらく放送設備が破壊されたのだ。

 今、〈アカデミー〉で何が起こっているのかは判然としないが、未曾有の危機だということは分かる。

 もうほとんどの生徒が〈アカデミー〉の敷地の外へ避難している。

 アーニャとミオもそうしたかった。

 が、できなかった。

 背の高いローブの魔術師――ジャッカルが道を塞いでいるからだ。

 ジャッカルはすでにローブを脱いでおり、端正な顔と短いアッシュブロンドの髪が顕になっている。

 ミオがアーニャを背中に隠すようにして、ジャッカルと対峙している。

「アーニャ、下がってて」

 アーニャは悔しさを殺し、後ろに下がる。

 今の私じゃ、ミオの足手まといになるかも知れない。

 何もせず守られるだけというのは心苦しいけど、小さなプライドのせいでミオの足を引っ張るのはもっと嫌だ。

 ジャッカルが低く重い声色で、ミオに言う。

「ずっと第二王女に張り付いているな。第一王女からの直々の命令なのだろう? それも今日で終わるぞ」

「そうはさせない」

「やめておけ。この間のように、床に頬ずりすることになるだけだ」

「この間は制限があった。でも、今日は違う」

ミオがそう言い終わるやいなや、ジャッカルが強化魔術を発動し、常人離れした速度で接近してくる。

 そして、電雷魔術により帯電する右手の拳が、ミオの矮躯を捉えた。

 ――ように見えた。

 ミオはいる場所にはおらず、ジャッカルの前方に立っている。

 ミオの人差し指と中指の間には、一枚の魔術符を挟まれ、その符呪に書かれた五芒星と、異国の文字が織り成す模様が妖しく光っている。

 幻影魔術。

 緋の国で古来より使われている魔術の一つで、特にアサシンが習得する。

「なるほど、同業者というわけか。俺は雇われているだけだが。これは手強そうだな」

 ジャッカルはそう言って〈ポータブル〉を操作する。

 彼の正面の床に魔法陣が浮かび上がり、そこから召喚獣が出現する。

 頭部はライオン、胴体は山羊、尾は蛇――怪獣キメラだった。

 ライオンの頭の後ろにから、山羊の頭が生え、尾の先は蛇の頭部があり、三種類の動物はそれぞれミオを威嚇している。

 ミオは懐から新しい魔術符を出し、緋の国の言葉を紡ぐ。

「天界に住まう、西を司る四神の一。ここに姿を現せ」

 魔術符に描かれた模様が光を発する。

「〈守護獣・白虎びゃっこ〉」

 魔術符から緋の国の式神が顕現する。

 ただし、白猫ではない。

 体長三メートルを超える白い虎だ。

 猛々しく吠えるその威風は、見る者を恐怖に駆り立てる。

 緋の国の召喚魔術の本領だ。

 キメラと白虎。

 二頭の巨大な生物が、対峙する様は壮観だ。

 キメラは、ライオンの口から赤い炎を、白虎は青い炎を吐き出し、威嚇し合っている。

 突然、ミオがアーニャの手を引き、ジャッカルがいる方とは反対方面に走り出した。

 二人の後ろではキメラと白虎が激しく交戦し始めた。

 ミオはそれを尻目に、一年生校舎三階の廊下を駆け抜ける。

「ミオ! どこに向かうの?」

 アーニャはてっきり緊急避難経路を使って、追手から逃げるものだと思っていた。

 しかし、二人が走っているのは、緊急避難経路ではない。

 一体どこへ向かおうとしているのか、アーニャには見当もつかない。

 ミオは無言でアーニャの手を引いている。

「ダメよ、逃げ切れないわ」

 ミオだけなら逃げ切れるかも知れないが、アーニャを守りながらでは難しい。

 アーニャといると、ミオまで危害を加えられる。

「アーニャの言う通り、あいつから逃げ切るのは不可能。それに緊急避難経路はおそらく敵に押さえられている。私があいつを足止めしている間にアーニャに逃げてもらうことは考えたけど、敵の魔術師が校内をうろうろしているから、アーニャを一人にさせるのは得策じゃない。だから、アーニャを近くに置いてあいつを倒すしかない」

 ミオは一対一であの魔術師と戦うつもりらしい。

「私のことはいいから、ミオだけでも逃げて」

 先導するミオが、はっきりと答える。

「それはない。それじゃ、私がここにいる意味がない」

「命令とかもういいから。もうこれ以上迷惑かけたくないの」

「命令とか迷惑とか、そういうのじゃない。私はアーニャのことを親しく思ってる。王室の親衛隊隊員が第二王女様に言うのは、厚かましいかも知れないけど」

「……ミオ」

 アーニャとミオは廊下の最奥――屋上への階段を駆け上がる。

「屋上?」

 階段室の重厚な鋼鉄の扉を見上げながら、アーニャが呟いた。

 二人は校舎の屋上へ出る。

 間もなく、ジャッカルが追いついた。

「鬼ごっこはおしまいだ。緋の国の魔術師、本気で俺に勝つつもりか?」

 ジャッカルの体が電雷魔術で帯電し始めた。

 ミオは魔術符を取り出し、

「もちろん、そのつもり」

 ミオの魔力が急激に上昇し、次第にミオの体を包むように固まりだす。

 そして術者の頭部、胴体と四肢を覆い守る、魔力を具現化した鎧となった。

 黒をベースに、部分的に鮮やかな色彩を放っている。

 黒と極彩色、それはまるで――。

「〈鳳蝶あげはちょう〉――緋緋色金ひひいろかねで錬成された鎧」

 緋緋色金は緋の国の合金で、〈鳳蝶〉はミオの固有錬金武装だ。

 ミオが纏う魔術的な防具を注視していたジャッカルが零す。

「それがお前の本気というわけか」

 ミオとジャッカルの視線が交差し、どちらからともなく相手へ肉薄する。

 ミオのスピードは、ジャッカルに全く引けを取っていない。

 前回は強化魔術により、身体能力が爆発的に上がっているジャッカルの速度についていけなかった。

 先程も幻影魔術の術式でのみ、対応することができていた。

 しかし、〈鳳蝶〉を武装した今は違う。

 また〈鳳蝶〉の基本的な性能は、装備者の攻撃力、防御力、速度、跳躍力といった能力の向上であり、その力の恩恵を受けたミオは、速度だけでなく他の能力においてもジャッカルに対抗できる。

 両者が接近すると、激しい打撃の応酬が繰り広げられる。拳を繰り出し、蹴りを見舞い、ガードと回避をする。

 攻守が一瞬で切り替わり、あるいは攻撃と防御を同時に行う。

 ジャッカルは長い手足のリーチ、体格を活かした戦い方をしている。

 一方ミオは矮躯を自在にコントロールし、アクロバティックな動きで応戦している。

 傭兵と王女付きの親衛隊隊員。

 戦闘――とりわけ肉弾戦においては、両者共にプロだ。

 お互いに一歩も引かない。

 突然、ジャッカルが距離をとった。

 力を溜めるように右の拳を握り締めると、たちまち電気的なエネルギーが強まる。

 そして、ジャッカルは瞬時にミオに迫り、

「〈ライトニング・ストレート〉」

 放電する拳をミオに叩き込んだ。

 だが、捉えたはずのミオの姿はそこにはなく、ジャッカルのはるか前方に佇んでいた。

 溜めが大きい術式であれば、幻影魔術で躱すことができる。

 ジャッカルは次の攻撃には移らず、わずかだが不思議そうにミオを眺めた。

「その武装、物理的な攻撃だけを防護するものではないな。魔術耐性の強化も施されているようだ。ただの鎧で、俺の電雷魔術を込めた打撃をあれだけ受けて無事なはずがない」

 ジャッカルの言っていることは間違っていない。

 ミオは淡々と口を動かす。

「〈鳳蝶〉の性能は体術にまつわる能力の向上だけじゃない。〈鳳蝶〉の特性は〈鱗粉〉。あらゆる魔術的な攻撃から私を守る」

 鱗粉とは、蝶の体や翅を覆う微細な細片のことだ。

 黒の鎧に点在する極彩色――それが〈鳳蝶〉の〈鱗粉〉だ。

 ミオは〈鳳蝶〉の特性により、ジャッカルの強化魔術と雷電魔術の複合術式による打撃から身を守っているのだ。

「幻影を操るその異国の魔術を乱発しないのも上策だな。出し惜しみをしているつもりもないのだろう。使用する機会を選定しているのだな」

 ジャッカルは感心したように顎に手を当てる。

「さすが第一王女の懐刀といったところか。だが、その調子で第二王女を守り切れるのか?」

「……余計なお世話」

 言葉とは裏腹に、言い返したミオの鎧の肩の部分が上下している。

 親衛隊は王室の者を護衛するために存在する。

 つまり、常に守る対象がいるということである。

 それは戦闘おいては不利と言わざるを得ない。

 だから、親衛隊隊員は複数人での連携により、その不利を消しながら戦う。

 勿論、単独での戦闘も想定して訓練してはいるが、ジャッカルほどの使い手が相手の場合、ただでさえ一対一でも勝てるかどうか分からないのに、誰かを守りながら戦うというのは至難の業なのだ。

 ジャッカルは右手を握り締め、左手でその拳を包み込んだ。

 彼の全身を纏う電気が、右手の一点に集中していく。

 ミオは一際難解な緋の国の文字と、複雑な五芒星が模様として描かれている魔術符を取り出す。

 そして、異国の言語を操る。

「数多の幻の蝶よ、敵を翻弄せよ」

 ジャッカルが右手を広げ、ミオに向かって突き出す。

「〈エレクトリカル・スタン〉」

 突き出された右の手のひらから、電光とともに紫電の束が発生した。

 その稲妻がミオを襲撃する。

 ミオの詠唱が終わると同時に、魔術符が怪しく光り、

「〈幻影蝶々〉」

 細々と四散したかと思うと、その破片の一つ一つが、数えきれない黒い蝶々となってジャッカルに飛来していく。

 ジャッカルの放電と、ミオの幻の蝶が衝突し、電光と影が火花のように飛び散る。

 二つのエネルギーが収束した後、ジャッカルの姿が消えていた。

 ――しまった。

 ミオが振り返ったときには、もう遅かった。

 ジャッカルがアーニャに接近している。

 先程と比べ、まるで一段階ギアが違うように、さらに速くなっていた。

「アーニャ……!」

 アーニャの顔が恐怖に歪む。

 小さな体を強張らせ、階段室の扉の前で立ち竦んでいる。

 最初からこれが狙いだったのだ。

 考えてみれば、当然のことだ。

 ミオがアーニャを守ろうと強く思えば思うほど、視界にはジャッカルしか映らなくなっていた。

 〈鳳蝶〉の速度でも、他の魔術でも、ジャッカルを止めるには遅きに失している。

 もう間に合わない。

 アーニャを連れ去られる。

 それでもミオが駆け出そうとしたとき、突如として階段室の扉が開き、

「〈ロック・オン・エクスプロージョン〉!」

 ジャッカルの正面の空間が爆ぜた。

 予期せぬ邪魔が入り、後退するジャッカル。

 爆発よって立ち上る黒煙が霧散し、アーニャを体の後ろに隠したビアスの姿が顕になる。

「遅れてすまない。ちょっと手こずってた」

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