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黒魔術師の隷属契約  作者: 小野寺 大河
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四章 アーニャの目標 ②

新人賞の応募原稿を、最初から最後まで、毎日少しずつ上げていきます。

 ショコラとクロエは所定の巡回コースをパトロール中だ。

 老若男女がひしめき合う繁華街から少し離れた辺りの、人家と商店が立ち並ぶ街路を歩いていく。

 ショコラの表情は浮かない。

 アナスタシア王女からアーニャのことをお願いされて以来、できる限り彼女の近くにいるようにしている。

 そうすると必然的にビアスやミオとも一緒にいることになる。

 ビアスの側にもいることは、ショコラとしてはまったく苦にならないのだが、ビアスがアーニャやミオとずっと行動を共にしているのは面白くない。

 当然のことながら、アーニャを心配する気持ちと、焼きもちを焼くことは、同時に存在してしまう。

 アーニャに降り掛かっている艱難辛苦を考えれば、そんなことを気にしている場合ではない――。

 生真面目なショコラはアーニャの一大事に、私情を持ち込んでしまう自分をどうしても責める。

 しかし、自分の想いが消えてなくなりはしない。

 ここ最近はそういった葛藤を持て余しているのだ。

 ――恋煩い。

 アーニャが〈アカデミー〉でローブの魔術師たちに襲われた日、ビアスの部屋でアーニャに宣戦布告をした。

 そのときのアーニャの心情は分かりようもないが、ショコラは内心戦々恐々としていた。

 あのように可憐で、純粋な少女を好きにならない男の子がいるのか?

 少なくとも、私では敵わないだろう。

 そんなことを考えながら、向かい合わせになっている老舗のパン屋とチェーンのカフェを通り過ぎたとき、〈アカデミー〉の校舎が見えた。

 ――何か変だ。直感的にそう思った。

 次の瞬間、〈アカデミー〉の避難警報がショコラの耳朶を叩いた。

 異常事態だ。

 〈アカデミー〉で何かが起ころうとしている。

 いや、もう起きている。

 もっと近くで確認しようと思い、ショコラが走り出そうとすると、

「待ちなよ、シンクレア」

 クロエが呑気に呼び止めた。

「何を言っている。早く行かなければ」

 避難警報が発令された以上、一刻を争うような事態に陥る可能性だって充分あるし、何より〈アカデミー〉には、まだビアスやアーニャたちがいるかも知れない。

 ビアスたちは、ショコラが帰った後も、しばらく残っているというようなことを言っていた気がする。

 携帯電話で確認しようとしたとき、ショコラの足元に冷気が漂い始めた。

 水氷魔術の予兆だ。

 冷気はすぐに固体となっていく。

 ショコラは咄嗟に〈ポータブル〉を取り出し、火炎魔術で両脚の氷を溶かした。

「どういうつもりだ? クロエ」

 振り返ると、クロエが不敵に微笑している。

「本当は何となく察していたんじゃないの?」

 ……そうかも知れない。

 アーニャが実技室で襲われた日、教室に入ってすぐ視界に入った、ミオを氷漬けにしていた水氷魔術。

 その練度を見て、驚いたのを覚えている。

 考えたくなかった。

 考えないようにしていた。

 あのとき窓際に佇んでいたローブの魔術師は――。

「確認しておきたいのだが、お前は私の敵という認識でいいのだな?」

「差し支えないよ」

 クロエはまるで日常的な会話の中の返事をするように、しかし否定することなく答えた。

「そうか」

 じゃあ、もう戦うしかない。

 これ以上ない確証だ。

 〈ポータブル〉を出し、転移魔術を選択する。

 剣身にルーン文字が並ぶ聖剣――〈レヴォルシオン〉が顕現した。

「丁度いい。お前のワンマンやスタンドプレーには、いずれ注意をしなければならないと思っていたのだ」

 ショコラは険しい表情で、剣の柄を両手で握りしめ、

「クロエ、成敗してやる」

「ワクワクするよ。面白くなってきた」

 ショコラの眼差しが一層鋭くなると、聖剣に刻まれたルーン文字が輝き始め、忽ち炎を帯びていった。

 摂氏二千度の灼熱が周囲の大気を燃やし、鮮やかな燐光を散らす。

 街のチンピラ相手では決して見せない、ショコラの本気。

 眼前の女には、手加減など無用だ。

 むしろ、そんな余裕を見せてしまえば、あっという間にやられてしまうだろう。

「一気に決めさせてもらうぞ」

 聖剣が纏う炎の火力が、さらに上昇する。

 その燃え盛る火炎を魔力制御により、掌握していく。

 〈レヴォルシオン〉の剣先に日輪を模す、

 直径三メートルほど炎球が練成された。

 その見事な球体は、以前ショコラが相手をした半端な魔術師たちが繰り出した火球とは、比較にならない。

 規模もそうだが、魔力の密度、表面の滑らかさ、火炎の温度、どれをとってもはるかに優れていて、かつ絢爛だ。

 肉眼で確認することができる魔術は、その練度を高めれば高めるほど、まるで芸術品のような美しさを持つ。

 ショコラは〈レヴォルシオン〉を体の左側で低く構え、

「〈ブレイズ・スフィア〉!」

 クロエを見据え、思いきり振り抜いた。

 すると、莫大なエネルギーを内包した炎の球体は、全く乱れることのない真っ直ぐな軌道でクロエに向かっていった。

 磁力を与えられたような速度だ。

 何もかも、凡庸な魔術師の術式とは一線を画する。

 しかし、着弾する直前――。

「〈クロエ・スペシャル〉」

 クロエを中心に強力な水流が発生した。

 洪水で生まれる濁流のような様子だ。

 火球はクロエに到達する寸前で、その激しい水流に飲まれてしまった。

 クロエは水氷魔術を使い、ショコラの攻撃を相殺したのだ。

 彼女が使用したのは〈スプラッシュ・サークル〉という術式だ。

 クロエがこの術式を使用するのを初めて見た。

 〈グロリア〉の他の隊員が使っているのを見たことがあるが、これほどの威力は有していなかった。

 もはや別の術式だ。

 しかもクロエはそれを一瞬で練成したのだ。

 想像通り、いや想像以上のデタラメさだ。

 クロエは既存の魔術もオリジナルの魔術も、〈クロエ・スペシャル〉と命名する。

 本来は術式をイメージしやすくするためや個別化するために、決められた術式名を述べるのが好ましいのだが、この少女にそういった常識は必要としない。

 この点もクロエが化物じみている理由の一つだろう。

「まったく、ふざけたやつだ」

 ショコラは胸の内から湧き上がってくる恐れを誤魔化すため、苦し紛れに笑った。

「やっぱりシンクレアはいいな~。火炎魔術に関して言えば、検定でC評価くらいもらえるんじゃないの? 〈アカデミー〉在学中でそのレベルなんて、称賛に値するよ」

「それは感激の至りだな」

「そんなシンクレアに敬意を表して、こっちもそろそろエンジンをかけさせてもらうよ」

 クロエはいつの間にか手にしていた〈ポータブル〉を操作した。

 すると、クロエの右手付近が光を帯び始める。

 そしてその直後、そこに一本の剣が顕現した。

「その剣……!」

 ショコラが驚愕の声を上げた。

 ルーン文字の刻印された、歪みの無い真っ直ぐな剣。

 ショコラの〈レヴォルシオン〉と酷似している。

「〈レヴォルシオン〉カッコいいな~と思って、この間練成してみたんだ」

 簡単に言っているが、そんな容易なことではない。

「〈レヴォルシオン〉はミスリルを含有しているよね。これは練成したオリハルコンも混合してある。名付けるなら〈ハイブリッド・レヴォルシオン〉と言ったところかな」

 出現した剣の鍔と柄は黄金に輝き、刀身は鈍色に漆黒が混ざった、不吉な色をしている。

 クロエが余裕たっぷりの表情で微笑し、

「ここからは剣対剣。騎士と騎士の戦いだね」

 〈ハイブリッド・レヴォルシオン〉に複数の旋風が宿る。

 次第に旋風は大きくうねり始めた。

 クロエが剣を高い位置でゆったりと構える。

「まさか!」

 クロエの動作を見て、ショコラは咄嗟に身構え、防壁魔術を発動させる。

 目の前に魔法陣が現れ、ショコラの前方に不可視の壁ができる。

「初めてだから、上手くできるかなぁ?」

 クロエは高く掲げた〈ハイブリッド・レヴォルシオン〉を振り下ろした。

「〈クロエ・スペシャル〉!」

 剣を起点に大きく渦を巻く疾風が、ショコラを襲う。

 凄まじい風圧が押し寄せ、暴風のせいで、それ以外の音が何も聞こえない。

 ショコラの防壁魔術では、耐えきれそうにない。

 ジリジリと足が地面を擦り、後退していく。

 そして、それまで何とか拮抗しようとしていた力のバランスが、あっけなく崩れ、ショコラは後方へ吹き飛ばされる。

 背中に強い衝撃が走り、気が付くと道路に転がっていた。

「……くっ」

 ショコラの口端から呻き声が漏れる。

 今のクロエの攻撃は、ショコラがよく使う〈エア・ボーン〉と同型の術式だ。

 だが、クロエが発動することで、格段に威力が増している。

 その卓越した魔術的センスによる、他人の術式を見様見真似で扱う魔術模倣。

 いや、これはもはや模倣ではない。

 〈レヴォルシオン〉にしても、〈エア・ボーン〉にしても、本物を超えてしまっている。

 元よりも数段階パワーアップさせてしまっている。

 つまり、偽物が本物を凌駕しているのだ。

 ――完全上位互換。

 魔術模倣を超え、オリジナルに昇華させている。

 彼女を形容する最も適切な言葉は、「天才」なのかも知れない。

 ショコラは顔をしかめて、強く歯噛みした。

 この女はやはり魔術師としては、自分よりもはるか高みにいる。

 悔しいが、それはもう認めざるを得ない。

 しかし、

「……それがどうした」

 ゆっくりと体を起こすショコラ。

 分かっていたことだ、クロエが強者だということは。

 今更何だというんだ。

 〈レヴォルシオン〉が風を宿し始める。

 ショコラが持つ、火炎魔術の系統で最強の術式でダメなら、風嵐魔術だ。

 通用しないかも知れないが、できることはすべてやる。

 もちろん、ビアスたちへの弁解のためではなく、クロエを超えるためだ。

 ショコラの周囲に暴風が吹き荒れる。

 空気が振動し、立ち並ぶ店の看板や道路標識が大きく揺れる。

 強風を纏うショコラは、聖剣を握りしめて、クロエへと突進する。

 クロエも剣を持ち直し、ショコラへ向かって駆け出した。

 クロエの剣には、冷気を孕んだ暴風が宿っている。

「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ――ッ!」

「あはははははははは――っ!」

 ショコラの咆哮とクロエの哄笑が重なり、〈レヴォルシオン〉と〈ハイブリッド・レヴォルシオン〉が交錯する。

「〈ヴァイオレット・ストーム〉!」

「〈クロエ・スペシャル〉!」

 〈ヴァイオレット・ストーム〉はショコラの風嵐魔術で最も強力な術式で、クロエが発動させたのは、〈アイス・ダスト・ストリーム〉という水氷魔術と風嵐魔術の複合術式だ。

 凄絶な烈風と、無数の尖った氷の粒を内包した暴風が正面衝突する。

 相手を押し潰そうとする風圧同士がぶつかり、せめぎ合っていたが、長くは続かなかった。

 クロエの術式が押し切ったからだ。

 結果、針のように鋭利な氷の雨が、ショコラの体に降り注いだ。

 氷の刃に体中の至る所を貫かれ、

「ぐああああああああああああああああああ――」

 潰れた声を出しながら、仰向けに倒れるショコラ。

 〈グロリア〉の制服は千切れて破れ、血塗れになっている。

 もちろんショコラが横臥する路上にも、夥しい量の血液が流れ、真っ赤に染まっている。

「私の勝ちだね」

 クロエの感情のない声が、横たわっているショコラに落ちた。

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