第三章 黒魔術師 ①
新人賞の応募原稿を、最初から最後まで、毎日少しずつ上げていきます。
テレサは、この日の最後の授業を滔々と行っている。
「魔術師によって、発動させる魔術との相性が異なる。これは一般教養で例えると分かりやすい。人によって数学が得意な者もいればあるいは、世界史が得意な奴もいる。その反対も然り。それらが不得意な奴だっている。同様に、火炎魔術が得意な者もいれば、不得意な者もいるし、水氷魔術が得意な者もいれば、不得意な者もいる。要は得手不得手というわけだな。これを魔術系統適性という。生徒諸君の適性は、授業の進行につれて浮き彫りになってくるだろう。知っての通り、〈アカデミー〉は前期後期の二期制で、それぞれの学期で中間考査と期末考査が実施される。そこで対象の期間内に学んだことを、座学と実技の両方で試験するわけだ」
教科書を持ち直し、
「今述べたのは、〈アカデミー〉の生徒としての評価だ。魔術師としての評価は、帝国が執り行っている魔術検定で審査される。魔術検定評価とか、単に検定評価と呼ばれるものだ。評価はA~Fランクで表される。火炎魔術がAランク、水氷魔術がFランクみたいな感じだな。座学もあり、A~Fランクで判定される。帝国が運営する〈アカデミー〉は、魔術検定の受験を強く推奨している」
整然と並ぶ机に着席している生徒たちを見回す。
「この魔術検定によって認定された検定評価によって、使用を許可される魔術の範囲が変わってくる。また、定められたランクに達していないと、購入したり取り扱ったりできない魔術品もある。そして、魔術運用が取り入れられた専門職には、必ず国家資格が必要になる。例を挙げると、魔術医療なんかがそうだ。魔術を使用する医術のことだな。お前らの中には、『魔術を使えば病気や怪我なんかすぐ治せるじゃん』と思うやつもいるかも知れないが、現実はそんな簡単ではない。初歩魔術に分類される治癒魔術があるだろ? あれは自己治癒力を向上させる魔術だ。体力を回復させるとか、軽い傷を治すとか。その程度なら、確かに治癒魔術を扱える者なら治せるだろう」
テレサは一拍置いてから、
「だが、実際の医療技術はもっと高度だ。人体の構造や機能、疾病について、つまり医学についての専門的で厳密な知識を学ぶ必要がある。医学を修め、魔術の運用によって治療ができると認定された者に、魔術医療の資格が帝国から与えられるというわけだ。建築だってそうだ。いくら念動魔術で重い角材やら鉄板やら煉瓦やらを移動させられたとしても、それをどう組み立てるかを知らなければ、建築の仕事としては成立しない。そういった専門課程は、帝国大学や専門学校で修めることになる。〈アカデミー〉では一年生時は魔術基礎を中心に教え、二年生からは選択科目が加わる。いろいろ勉強しながら、将来の目標とか、興味を惹かれるものを探していくって感じだな」
そこまで話し終え、
「で、ビルシュタイン」
ビアスを指名した。
テレサは笑いながら怒るという器用な表情を作りながら、
「私の授業はそんなにつまらないか?」
机に突っ伏し、居眠りをしているビアスにつかつかと大股で迫り、彼の席の前で仁王立ちする。
そして、持っていた教科書で彼の頭を軽く叩いた。
「……もう食べられないよ」
「男が口にするそのテンプレは聞くに堪えんな。いいからさっさと起きろ!」
今度は思い切り叩いた。
「痛ってぇえええええええ」
その一撃で、ビアスはようやく目を覚ました。
偽悪的に微笑むテレサ。
「よう、ビルシュタイン。寝起きはどうだ?」
「起きてすぐ先生の綺麗な顔が見られるなんて最高っすね」
「私を口説こうなんて百年早えーんだよ、ガキ」
ちょうど、授業終了のチャイムが鳴った。
テレサは教壇に戻りながら、
「今日の授業はここまで。ビルシュタインは反省文二百枚な」
「詳しくないですけど、小説書けそうですね」
「今週中な」
そう言い残し、教室から出て行った。
教室が放課後の雰囲気に包まれると間もなく、アーニャが近づいてくる。
「アンタ何してんのよ。しっかりしなさいよね」
「ちょっと寝ちまった」
ショコラも歩み寄ってきた。
呆れ顔のアーニャとは違い、どこか心配そうにしている。
「ビアス、大丈夫か?」
「単なる寝不足だよ」
「本当か? 嘘じゃないな?」
「嘘じゃねーよ。昨日夜更かしただけだ」
ビアスの発言にショコラは納得いかないのか、懐疑的な視線を向けている。
その様子に、アーニャは肩を竦め、
「シンクレアは過保護過ぎよ。集中してないだけでしょ」
「何かの病気の前兆かも知れないだろう。一度病院に行ってみてはどうだ」
真面目な顔でそう言うショコラに、アーニャは唖然とする。
「ただの居眠りに病院はないでしょ」
「いや、健康についてはいくら心配しても、し過ぎることはないだろう。お医者様に診てもらって、問題ないと診断されればそれでいいのだし」
いつものアーニャなら、ここで食傷気味に嘆息するだけだったのだろうが、今日は違った。
目くじらを立てて、語気を強める。
「新妻気取りか知らないけど、そんな必要はないわ」
「そんなことを言って、何かあってからでは遅いんだぞ」
ショコラもつられるように、無意識に声が大きくなっている。
普段からビアスに関することは熱くなりがちだが、それを差し引いても過剰に反応し過ぎている感がある。
「居眠りに何があるっていうのよ。とにかくこいつは大丈夫なの」
「そんなことアーニャにはわからないだろう。まったく、どちらが新妻気取りなんだ」
ヒートアップする両者の間に入るように、突然ミオが机の影からひょこっと頭を出した。
「喧嘩はよくない」
ミオはビアスをじっと見つめ、「疲れてるなら、これ、食べて」とチョコレートを差し出す。
先生がくれたのと同じやつだ、と思いながら、ビアスはそれを受け取った。
「ありがとな。んー、うまい」
アーニャは腕を組み、不機嫌そうに眉を顰める。
「で、どうするのよ」
ショコラも憮然とした表情のままだ。
「どうするのだ? ビアス」
水を向けられたビアスは、板挟みになっているにも関わらず、平然とした調子で、
「病院はいいや。面倒だし」
この返答に納得出来ないショコラは、声を荒げて食い下がる。
「ダメだ。ビアスは自分のことに無頓着すぎる。体調のことは本来、自分自身が一番気を遣わないといけないんだぞ。億劫なのは理解できるが、私はお前のことが心配なのだ」
体を乗り出し、切実な声色で訴えかけるショコラに、ビアスはとうとう、
「分かったよ。分かったけど、病院の前に保健室に行かせてくれ。そこで先生に病院を勧められたら、それに従う。これでいいだろ?」
ようやく安堵したように、ショコラは小さく頷いた。アーニャが唇を尖らせ、
「結局いいなり?」
「シンクレアはこうなったら折れないんだよ」
ショコラはビアスの体にぴたっと寄り添い、
「私が付き添う。ちゃんと保健室に向かうか、この目で確かめたい」
「信用ねーな」
溜息をつくビアスの横で、アーニャが顔を背け、
「私は行かないわよ」
「保健室行くのに二人も付き添い要らねーよ。そもそも一人で行けるから」
そう言うと、ビアスはさっさと一人で歩いて行ってしまう。
「待て、ビアス」
慌てて追いかけようとするショコラに、アーニャがわざと皮肉めいた言い方で、
「シンクレアも物好きよね。あんなやつにここまで世話を焼くなんて」
歩き出していたショコラが立ち止まる。
「助けてくれたんだ」
振り向きざまに呟いた。
「去年の八月、中学校の夏休みの時期だ。詳しくは話せないが、ビアスは私を助けてくれた。だから、今度は私がビアスを助けたいんだ。どんな些細なことでも、力になりたい」
ショコラは記憶というよりも、思い出を回顧するように話し、優しく微笑んでから、ビアスの後を追っていった。




