二章 〈アカデミー〉 ④
新人賞の応募原稿を、最初から最後まで、毎日少しずつ上げていきます。
今回ちょっと長いです、すみません。
〈グロリア〉のシンボルマークはナイフだ。〈グロリア〉に所属する者は、ナイフの絵があしらわれた紋章の刺繍が入ったワッペンを例外なく、組織の制服の左肩に付けている。
そのワッペンが付いた、黒の上下の軍服のような制服は、市民の憧憬と尊敬の象徴だ。
ちなみに、帝国軍――帝国魔術師団のシンボルマークは剣であり、武器としての優劣により、下位組織である〈グロリア〉との関係性を表している。
言うまでもなく剣の紋章と軍服を持つ者も、〈グロリア〉が帝国民から向けられる感情と同等、いやそれ以上のものを一身に浴びている。
〈グロリア〉の主な任務は、帝国内の秩序を守ることだ。
具体的には、犯罪者や暴徒の鎮圧などが挙げられ、とりわけ魔術を使う者や集団を対象にしている。
有事の際は対テロリスト用の部隊が編制されることもあり、制圧作戦の他に、警報の発令、民間人への避難誘導なども行う。
また、私的な魔術の使用者の取り締まりもしている。
魔術師が好き勝手に魔術を使っていては、社会が成り立たないからだ。
これら任務の遂行のため、隊員は国内の隅々に目を光らせている。
ショコラは現在、ローレルの繁華街に向かう目抜き通りをパトロール中だ。
パトロールは〈グロリア〉の基本的で、かつ重要な業務の一つである。
ショコラは〈グロリア〉ローレル支部に所属している。
ローレルは重大で、価値の高い情報が多い為、国内最高峰の戦力を持つ〈グロリア〉帝都本部と同水準の力を有している。
ローレルで開発され、試用された技術が、政府が定めた基準をクリアすると、いよいよ帝都を始めとする帝国内の都市で実用化されるという構造がある。
この性格上、ローレルが抱える技術やアイデアは特許申請する前のものであるため、帝国として守るべき機密となる。
だからローレル支部の隊員は、犯罪者や暴徒の鎮圧、私的魔術使用の検挙だけでなく、魔術運用についての技術が、他国への漏洩するのを防止するという重要な任務が加わる。
ローレルには帝国軍の軍人も常駐しており、帝国をあげての管理体制を敷いている。
ショコラは割り振られたルートを進みながら、街に異変がないか視線を巡らせている。
ふと、ショコラの隣を歩く少女が口を開いた。
「シンクレアは真面目だねぇ。こんな天気の良い日に、事件なんか起きないって。もっと気楽に行こうよ?」
「そうはいかない。今この瞬間にも、何か悪事を企てている者がこの近くに潜んでいるかも知れないんだぞ。それから天候は関係ない」
「そんなに怖い顔しないでよ」
鷹揚な口調で喋る彼女は、クロエ・クロイツェル。
クロエは〈グロリア〉でのショコラの先輩に当たる。
濃紺色のセミロングの髪に、紺碧色の瞳を持つ。
明るく、飄々とした性格だが、奔放なところがあって、生真面目なショコラからすると、少しやりづらい部分も感じている。
また、クロエも〈アカデミー〉ローレル校の生徒で、学年はショコラの一つ上だ。
ショコラからすればクロエは、年上で、かつ〈グロリア〉の隊員としても先輩であるため、当初は敬語を使っていた。
しかし、クロエがそれを嫌い、「いつも喋っている感じでいい」と言ったのだが、ショコラとしては目上の者に砕けた喋り方をするのは何だか気持ちが悪く、敬語を通そうとした。
だが、クロエも折れなかった。そして、一つの提案をした。
敬語を止めなければ、「ショコラ」と呼ぶ。
この提案――ショコラからすれば脅迫に近かったが――により、ショコラはクロエに所謂、タメ口を使うようになったという次第だ。
クロエが穏やかな笑顔を湛え、
「そう言えば、例の未来の旦那様とは最近どうなのさ?」
「ぐっ……」
それまで凛とした表情だったショコラは、即座に顔をしかめた。
大人っぽい雰囲気に似合わず、感情が顔に出やすい。
「その様子だと、状況はあまり芳しくないようだね」
クロエは面白い玩具を見つけた子供のような表情を浮かべ、
「なになに? なにかあったのかい?」
「何もない、別に」
むすっと頬を膨らませ、顔を背けるショコラ。
本当は、ある。
ビアスの周りをうろちょろする、二匹の猫のことだ。
気性が荒く、だが、どこか放っておけないようなのが一匹。
気まぐれで、しかし、気が付くと飼い主の懐に潜り込んでいるようなのが一匹。
どちらも手強い。
考えれば考える程、頭が痛くなる。
自分だけだと思っていたのだ。
ビアスの、分かりづらいが、さりげない優しさに気づいているのは。
彼は一見すると無気力でいい加減にも映るが、しかしその実、深い愛情を持つ人。
他の誰が理解していなくても、私だけは彼の魅力を知っている。
私だけが、知っている。
そう思っていた。
アーニャ一人だけでも手に負えないのに、ミオまで参戦したら、一体どうなってしまうのか。
そもそも、未来の新妻だなんだと豪語してはいるが、全然自信なんて無いのだ。
無いからこそ、言い続けているのかも知れない。
女の子としての自分が魅力的だとは思えないし、それが証拠にビアスも真面目に取り合ってくれないではないか。
「はぁ~」
ショコラは大きな溜息を吐いた。
するとクロエが、
「この前は同じクラスになったって喜んでたのに」
「それは嬉しかったのだが」
「〈アカデミー〉の制服姿を褒めてもらったって、ニヤニヤしながら言ってたじゃない」
「ニヤニヤなんかしてなかっただろう!」
「してたよ。ほっぺたを真っ赤にして、乙女の顔してたもん」
「む~!」
ふくれっ面をするショコラに、クロエは肩をすくめ、
「さっさと付き合えばいいのに。シンクレアがその気になれば、どんな男の子でもすぐ落とせそうだけどね」
「そんなはずないだろう。これほど難しいことはない」
「大分参っているようだね。私で良かったら話聞くよ?」
クロエは屈託のない顔を向けている。
興味本位なのもあるのだろうが、それ以上にショコラの助けになりたいとも思っているのだろう。
「それが――」
ショコラが話し出そうとしたときだった。
五人の男たちが、少し先の建物から続々と出てきた。
男たちはそれぞれが大きな袋を下げている。
彼らが出てきた建物は、錬金術に使う魔晶石などの魔術道具を扱う小売店のようだ。
クロエの柔和な表情が、途端に引き締まった。
「典型的な強盗の現場だね」
ショコラはもう、クロエの隣にはいない。
クロエが喋り終わる前に、すでに駆け出していた。
凛々しく、威圧感のある声音で男たちに向かって、
「無駄な抵抗はせず、我々の指示に従え」
クロエが追いつくと、男の一人が叫ぶ。
「〈グロリア〉か。誰がてめえらの言うことなんか聞くかよ!」
男たちは次々とせしめた物品を路上に停めた車の荷台に放り込んでいく。
「ならば仕方がない」
ショコラの声の温度が急激に下がった。
懐から〈ポータブル〉を取り出す。
これは〈アカデミー〉で支給されているのとは別のものだ。
帝国軍と〈グロリア〉に所属する者は、軍用の〈ポータブル〉を配布され、所持者に合わせてチューニングされている。
つまり、その魔術師専用の端末というわけだ。
ショコラが素早く術式を入力し、右手を掲げると、その周囲に光の粒子が発生する。
次の瞬間には一本の剣が顕現し、彼女の右手にしっかりと収まっていた。
――聖剣〈レヴォルシオン〉。
黄金の鍔と柄が輝き、一切歪みのない鈍色の刀身には、数多のルーン文字が刻まれている。
ショコラの家系はシンクレア流派という剣術の名門であり、代々「騎士」としての教育を受ける。
〈レヴォルシオン〉は、父親に誂えてもらったものだ。
ショコラの魔力波と同調するように調整されている、彼女の固有錬金武装だ。
錬金術で練成されたミスリルを含有しているため、強力な武器となっている。
普段は自宅の自室に保管されており、それを転移魔術でここに呼び寄せたのだ。
「〈グロリア〉の名を以って、お前たちを拘束する」
盗品を積み終えた男たちは、数的有利と思ったのか、逃走よりも迎撃を選んだ。
「女二人でどうにかなるかよ!」
男たちも〈ポータブル〉を取り出す。
どうやら彼らも魔術師のようで、持っている〈ポータブル〉は闇のルートで得たものだろう。
〈ポータブル〉は本来、帝国から認められ、与えられるもので、設定された制限も厳しい。
誰でも持っていていいものではないのだ。
不正に入手したのであろう端末を使って、強盗犯たちは各々魔術を発動させていく。
火炎魔術だ。同系統の魔術であれば、それぞれが邪魔をすることがない。
例えば、火炎魔術と水氷魔術を同時に発動させれば、相互に反発し、威力が激減してしまう。
そういう理由があるのかも知れないし、もっと単純に、彼らが火炎魔術しか使えないのかも知れない。
強盗犯たちは、サッカーボールほどの大きさの火球を生み出し、ショコラとクロエに向かって一斉に放った。
火の球は揺れながら進み、速度もそれほどない。
それは彼らの魔術師として能力を如実に表している。
魔力制御が洗練されていないのだ。
ショコラは〈レヴォルシオン〉の柄をきつく握りしめた。
炎をイメージする。
とても火力の強い火焔。
すると、聖剣に強力な炎が宿り、燐光を散らし始める。
錬金術により練成したルーン文字の刻まれた武器は、〈ポータブル〉とリンクしていて、術式入力に頼らずに、魔術を発動させることができる。
ショコラは向かってくる火球に、鋭い一太刀を浴びせ、それらを跡形もなく薙ぎ払った。
五つの火球が、一振りの爆炎に飲まれたのだ。男たちの顔面が青ざめていく。
「マジか……」
「なんだよ、すげえ使い手じゃねーか……」
ショコラは燃え盛る聖剣を構え、
「どうした? もう終わりか。だったら早く降伏してくれ。これ以上は無意味だろう」
現代の「騎士」は、自らの武器を魔術で強化する、魔術的付加によって戦う。
魔術が栄える文明で、魔術の使えない騎士は活躍が期待されない。
帝国軍の軍人も、例外なく魔術師で構成されている。
当たり前の話だが、強力な魔術の前で、ただ剣を振っていても仕方がないからだ。
魔術も使え、かつ剣術も修める者をかつては「魔導騎士」と呼んでいたが、現代で「騎士」と言えば、暗黙の了解で「魔導騎士」のことを差す。
強盗犯たちはショコラの一閃で、完全に動揺していた。
躍起になったのか、一人がショコラの方へ肉薄してくると、他の男たちもつられるように突っ込んでくる。
「聞き分けのない者たちだ」
ショコラは再び、剣を構え、神経を研ぎ澄ます。
男たちは何かを叫びながら、一心不乱に突進してくる。
〈レヴォルシオン〉に、今度は旋風が宿った。
それは次第に勢いを増し、やがて刀身を中心にうねり出す。
ショコラは聖剣を高く掲げ、向かってくる男たちに容赦なく振り下ろし、
「〈エア・ボーン〉!」
剣に宿っていた旋風が、強盗犯たちの元へ一直線に伸びていく。
魔術により発生した突風は、凄まじい風圧で男たちに襲い掛かる。
彼らはその暴風に巻き込まれ、うめき声とも叫び声ともつかない声を出しながら、飲み込まれてしまった。
〈エア・ボーン〉は風嵐魔術による、ショコラの固有剣技だ。
これを見舞われれば、魔術師として生半可な彼らではひとたまりもない。
そして、さらに恐ろしいのは、先ほど敵の火球を消し去った剣術は、魔術剣技ですらなかったということだ。
ただ、火炎魔術で強化した聖剣を振っただけ。
それがショコラの魔力値と魔力制御力により、限りなく魔術剣技に近い威力を発揮したのだ。
まだ〈アカデミー〉一年生の少女の成せる業とは思えない。
突風により吹き飛ばされた強盗犯は、道路に倒れ伏せ、動く気配がない。
「片付いたか」
ショコラが聖剣を下ろし、辺りを見回すと、野次馬が集まりつつあった。
騒ぎが大きくなる前に、倒れている男たちの処理をしようとすると、クロエが呟いた。
「まだみたいだよ」
「どういうことだ?」
ショコラが眉を顰め、クロエに向き直ると、彼女はある方向を見据えていた。
クロエの視線の先を辿っていくと、強盗犯が盗品を積み込んだ車に行き着いた。
その車が、ゆっくりと動き出している。運転手が乗っているのだ。
ショコラは歯噛みし、
「もう一人いたのか」
車はスピードを上げ、この場から離れようとしている。仲間を見捨てるつもりらしい。
「私に任せてよ」
クロエがそう言うやいなや、逃走を図ろうとする車に向かって跳躍した。
人間離れした跳躍力。
身体能力を向上させる、強化魔術を使用したのだ。
クロエは連なる民家や店の屋根を軽々と飛び移り、あっという間に逃走車に追いつく。
そして、その車の直上を跳びながら、
「残念だけど、ここまでだね。――〈クロエ・スペシャル〉」
ショコラに見えたのは、クロエが逃走車を跳び越え、その先の道路に着地した姿と、いつの間にか凍っていた車輪が、道路との摩擦で耳障りな音を出しながら徐々に減速し、ちょうどクロエの手前で完全に停止した様だった。
クロエは強化魔術と水氷魔術の同時発動を行ったのだ。
同時発動とは二つ以上の魔術を同時に発動することなのだが、これは高いレベルの魔術制御に分類されている。
やはり只者ではない。
〈アカデミー〉二年生で〈グロリア〉に所属している時点で、普通ではないのだが、学生ではない他の隊員と比較しても遜色のない、いや、それ以上の実力を持っている。
強化魔術で犯人を追いながら、猛スピードで走行する逃走車の車輪を水氷魔術でロックしてしまうなんて芸当、出来る者の方が圧倒的に少ない。
クロエが垣間見せる、この本当の実力を目の当たりにする度、ショコラは慄然とする。
多少スタンドプレーも目立つが、実績に関しては文句を付けようがない。
掴みどころがない女だ。
誰にでも愛想が良く、いつも笑顔を振りまいているため、周囲の人間から好かれやすいのだが、その実どこまでが本気で、どこまでが嘘なのか分からない。
もしかしたら本気なんてないし、嘘なんてないのかも知れない。
ショコラはクロエを見ていると、深い湖を連想してしまう。
仕事においては杓子定規で、正義感の強さのために、直情的になりやすい性格のショコラは、クロエとは対照的だ。
だからかも知れない。
クロエが秘めている湖の底を見ることができないのは。
「こっちはもう終わったよ」
そう言いながら、クロエが緩やかな表情で戻ってくる。
「運転手は拘束しておいたよ。後の五人は任せていい? その間に支部に電話入れるから」
「あぁ、頼む」
ショコラが頷くと、クロエは携帯電話を懐から出し、〈グロリア〉のローレル支部と連絡を取り始めた。事件の報告と、強盗犯たちの処置を求めるためだ。
ショコラはその間に、道路に横たわっている者たちを歩道の脇に移動させ、一人ずつ拘束魔術と封殺魔術の複合術式を施す。
拘束魔術は主に身体の自由を奪い、封殺魔術は魔術の発動を封じる術式だ。
そして複合術式とは、同時発動した魔術を組み合わせ、一つの術式にする技能である。
これは同時発動よりも、さらに高度なスキルとなる。
「これでよし、と」
ショコラは男たち全員を拘束し終えた。
ちょうどそのタイミングで、クロエの方も電話を終えたらしい。
「後は待つだけだね」
「そうだな」
盗品の確認や、被害にあった店の事情聴取は、支部の上の者がやってくれる。
後はクロエの言うように、ローレル支部から来る〈グロリア〉の隊員たちに、拘束した強盗犯を引き渡すだけだ。
徐々にだが、野次馬の数も減ってきている。
ショコラは残った人だかりの中に、馴染みの姿を見つけた。
銀髪で、長身の少年だ。
「ビアス!」
ショコラが名前を呼ぶと、ビアスはこちらに歩いてくる。
「お手柄だったな、さすがシンクレア」
「大したことはない。それよりビアスはどうしてここに?」
この通りは〈アカデミー〉からビアスの自宅までの帰り道ではない。
何か用がないとここは通らない。
「アーニャとケーキ買いに行ってたんだよ」
ビアスが手に持っていたケーキ屋の箱を掲げ、ショコラに見せる。
アーニャという名前を聞いて、ショコラの表情がわずかに引き締まった。
「そうだったのか。ではアーニャも近くにいるのだな?」
「あぁ、さっきまで一緒に野次馬してたから、たぶんその辺に――」
そう言って、ビアスが先ほどまで自分達が立っていたところを見やると、もう人垣は消えていて、アーニャが一人立ち尽くしていた。
「アーニャ、お前もこっちに来いよ」
ビアスに呼ばれ、アーニャがゆっくりとした足取りで近寄ってくる。
そのとき、離れたところにいたクロエが、ビアスの隣にやって来た。
「ひょっとして、ビアスくん?」
「俺はビアスって名前ですけど、どこかで会いましたっけ? 〈グロリア〉の知り合いはシンクレアだけだと思うんですけど」
「そのシンクレアから、君のことを聞いてたんだよ」
ビアスはショコラに視線を向けた。
「彼女はクロエ・クロイツェルだ。〈グロリア〉での私の先輩で、〈アカデミー〉の二年生だから、私たちの先輩でもある」
紹介され、クロエが笑顔を向けつつ、
「そういうわけだよ。よろしくね」
「よろしくっす」
クロエはビアスと話しているかと思うと、今度はアーニャに向き直り、
「こっちの可愛い子は?」
ショコラが間に入り、
「アーニャ・アルカナだ。ビアスの親戚で、私たち三人は同じクラスなんだ」
「そうなのか~。可愛い子だね~」
鼻先が触れてしまいそうになるほど、アーニャに顔を近づけるクロエ。
アーニャは警戒心を剥き出しにし、咄嗟にビアスの後ろに隠れてしまった。
クロエは残念そうに、
「ありゃ、嫌われちゃった」
「どうしたんだよ」
ビアスが声を掛けると、アーニャは彼の背中から顔だけ出し、
「アーニャです。よろしくお願いします」
「うん、よろしく。仲良くしてね」
アーニャに微笑みかけ、再びビアスに、
「それにしても君がね~。いつもシンクレアが話してるよ。未来の旦那様なんだって?」
「何だよ、シンクレア。〈グロリア〉でもそんなこと言ってんのかよ」
ショコラは涼しげな表情を作る。
「事実なのだから、仕方ないだろう」
「事実じゃないだろ」
会話の途中、一台のワゴン車が現れた。
車体の横腹に、ナイフの紋章が描かれている。
〈グロリア〉が手配した輸送車が到着したのだ。
「もうご到着のようだよ。我が〈グロリア〉は仕事が迅速だね~」
クロエがそう言い、ショコラを見やる。
「私が対応しとくから、シンクレアはもうちょっと喋ってなよ」
それから、ビアスとアーニャに、
「〈アカデミー〉の構内で見かけることもあると思うし、そのときは遠慮無く声かけてよ。もちろん、街中でも大歓迎だよ?」
突然、クロエはビアスに腕を絡ませた。
その瞬間、アーニャとショコラの顔が凍りつく。
クロエはその二人の表情を楽しむように見てから、慌ただしく〈グロリア〉の輸送車の方へ歩いて行った。
ビアスがその後姿を見ながら、
「賑やかな人だな」
「まったく騒々しいやつだ」
剣を孕んだ口調で言うショコラ。
「それに、ビアスに馴れ馴れしく密着するし」
ビアスは、眉宇に怒りを漂わせるショコラを執り成すように、
「でも、さっきは凄かったよな。逃走車を止めてたじゃん」
「あいつはセンスの塊なんだ」
「へぇ~」
「へらへらしてるが、魔術戦闘に関しては目を見張るものがある。大抵の魔術はそつなく制御するし、その精度も驚嘆に値するレベルだ」
「さすが〈アカデミー〉在籍中に〈グロリア〉に所属しているだけあるな。それはシンクレアにも言えることだけど」
「私程度では計り知れないやつだよ。癪に障るがな」
「仲良いんだな」
虚を衝かれたのか、ショコラは動揺を見せつつ、
「別に普通だ」
「でもタメ口だったよな」
「そ、それは、クロエが強要してきたからだ」
「クロエさんのこと喋ってるときのシンクレア、自然体で良い感じだったと思うけどな」
「頼りになるのは確かだ」
わざと難しい顔をするショコラの向こうで、拘束された強盗犯たちがワゴン車に詰め込まれ、事後処理が進められている。
ビアスはそれを眺めてから、
「そろそろ帰るわ。これ以上邪魔しちゃ悪いし」
「そうか。じゃあ、また明日」
ショコラはここまでじっと黙っていたアーニャを見て、
「アーニャもな。気を付けて帰れよ」
「うん……シンクレアもね」
ショコラに別れを告げ、ビアスとアーニャは帰途に着く。
ビアスは横を歩くアーニャに、
「何だか元気ないな。一言も喋らなかっただろ」
「そんなことないわよ。普通よ、普通」
発言とは裏腹に、やはり言葉に力がないように思える。
「クロエさんに人見知りしてたよな」
「あの人は、何か変な感じがしたの」
「初対面のアプローチが強引だったってこと?」
「そういうのとは違う気がするけど」
ビアスは気分を一新させようと、提げていたケーキの箱を持ち上げ、
「早く帰って食べようぜ」
「そうね」
結局この後、アーニャが笑顔を見せることはなかった。
大好物のショートケーキが半分以上残っている。
帰宅後アーニャは、夕食は摂らず、ケーキだけを食べて、シャワーを浴びていた。
――アーニャ、お前もこっちに来いよ。
そうビアスに呼ばれたとき、離れたところに立っていたアーニャは、自分の足が地面にくっ付いているように感じていた。
今、シンクレアと顔を合わせたくない。
今日は〈アカデミー〉の帰りに、ビアスと繁華街に新しくできたケーキ屋に行っていた。
そこでつまらない口実を理由に、ビアスにショートケーキを買わせていたのだ。
そのことに満足し、ケーキ屋の箱をビアスに持たせ、帰途に着いていた。
その途中で出くわしたのだ。
華麗に強盗犯を退治するショコラに。
高度な魔術を使いこなし、複数の男たちに一歩も怯むことなく、毅然とした態度で戦っていた。
〈グロリア〉の隊員として活躍するショコラの姿を、初めてその目で見たのだ。
強く、流麗で、美しく、格好良い。
そして、何よりも――純粋に綺麗だと思った。
アーニャの周囲にいた野次馬たちも、ショコラに対して称賛と尊敬の言葉を口々に零していた。
流石だよね。
頼りになるな。
やっぱりすごいわ。
これでもう安心だな――。
ショコラのあんな姿を見たら、どうしたって思い知らされる。
魔術師としてのレベルの違い。
考えるのが怖かった。
自分には才能がないんじゃないかって。
いや、それよりも才能という言葉で、認識の甘さを棚上げしているこの心が一番の問題なのかも知れない。
たぶんショコラはたゆまぬ努力をしているのだ。
それをわざわざ言わないだけで。
ショコラにはたまたま才能があったという話だ。
一方の自分はどうだ。
ビアスにケーキを買わせ、荷物を持たせ、得意気になっていた自分は、一体何様だというんだろう。
体に当たるシャワーの感覚が、いつかの大雨を思い出させ、ぎゅっと目を瞑った。




