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黒魔術師の隷属契約  作者: 小野寺 大河
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二章 〈アカデミー〉 ③

新人賞の応募原稿で、最初から最後まで、毎日少しずつ上げていきます。


 アーニャとショコラが鉢合わせた日から、事あるごとに二人は言い争いをし、ビアスは板挟みになるようになった。

 主にビアスに関することで、例えばアーニャがビアスに「ネクタイちゃんとしなさいよ!」と言うと、ショコラが現れ新妻然とネクタイを直し、それに対しアーニャが「自分でやりなさい!」と激怒するというような流れだ。

 自宅だけでなく、〈アカデミー〉にいるときもそんな調子で、これを客観的に見ると、不良っぽいビアスが女の子二人を侍らせているように映らなくもないため、結果的にビアスは、学校中の男子学生からの攻撃的な視線を一身に受けることとなった。

 しかもその女の子二人というのが、〈アカデミー〉でも指折りの美少女であることも、状況を悪くしている。

 ショコラは言うまでもなく人気者だし、アーニャも一部に熱狂的なファンがいるようだ。

 一方は〈グロリア〉に所属するほどの才覚と、モデル級のラインを持ったクール系美人。

 もう一方は、妖精のような儚さと、身長と不釣り合いの局所的に発育している部位を有している美少女。

 ビアスは今日、久しぶりに一人で下校していた。アーニャはテレサに呼ばれ座学の再補習で、ショコラは〈グロリア〉の活動だそうだ。

 黒に近い灰色の雨雲が天蓋を覆い、昼過ぎから降り出した雨が、今も変わらずローレルの街に降り注いでいる。

 ビアスは足早に帰宅し、濡れた髪や制服を乾かす。

 アーニャが〈アカデミー〉の敷地内にいて、ビアスが自宅から遠く外出しない限り、隷属契約で定められた距離を超えることはない。

 しばらくすると、玄関のチャイムが鳴った。

 誰だと思いながらドアを開けると、そこにはミオがいた。

「あれ、何でウチ知ってるんだ?」

「アーニャから聞いた」

 ショコラは共同生活のことを触れ回ったりはしていないが、アーニャはこの件についてもう隠さない方針らしい。

「ふーん。で、俺に何か用か?」

「別に用はない」

 ミオは人差し指を突き付け、芝居がかった口調で、

「ふふ、もうお前に用はない」

「何で悪役っぽく言い直したんだよ。マジで何してるんだ?」

「呼吸」

「子供か」

 そのとき、ミオのお腹から、ぐぅ~と可愛らしい音がした。

「腹、減ってるのか?」

「うん。何か食べたい」

 ビアスは考えを巡らせた後、

「まぁ、部屋入れよ」

 隷属契約のルールのことがあるし、この雨では近場でも外出する事自体が億劫だ。

 室内に入ったミオは、緩慢な動きで部屋の中を眺めて、

「片付いてる」

「そうか? 適当に座ってくれ。何か作るよ」

 ミオはベッドの脇にちょこんと掛ける。

 ビアスはキッチンに立ち、

「ちょっと早いけど夕飯にするよ。嫌いなものとか、食べられないものとかあるか?」

「食べられないものはないけど、嫌いなものは電車の待ち時間」

「何でも大丈夫ってことだな」

 簡単なパスタとスープを作ることにし、手際よく調理する。

 間もなく、ミートソースとコンソメスープが完成した。

 料理をローテーブルの上に運び、

「たいしたもの作れなくて悪いけど、これでも食べろよ」

「ビアスの分は?」

「今から作る」

 テーブルに移動し、料理を凝視するミオ。

 するとお腹から再びぐぅ~と音をさせ、涎を出しながら、

「出来上がるの、待ってる」

 まったく視線を逸らさない。

 涎が皿に到達してしまった。

「いいよ。先に食べろよ」

「いいの?」

「いいのも何も、お前もう我慢できないだろ。涎掛っちゃってるし」

 ミオは行儀よく座り、食事を始めた。

 ビアスが自分の分を作り、できた料理をテーブルに持っていくと、ミオの皿にはもうほとんど料理が残っていなかった。

 ビアスは向かい合って座り、パスタを食べながら、

「ミオはいつも何食べてんの?」

「甘いもの」

「ちゃんとしたご飯食べないと大きくなれないぞ」

「大丈夫」とミオは起伏のない胸を擦り、「私はこの路線で行くから」

「やめとけって。変態しか寄ってこねぇよ」

「たまに大きなカメラ持った人から、写真撮らせてって言われる」

「ほら。もう寄って来てんじゃん」

「皆、良い人」

「そりゃ下心があるから、優しくしてくるだろうよ」

 ビアスは軽く眉をひそめ、

「ちゃんと断ってるか?」

「お菓子をいっぱいくれた」

「やめなさい! お菓子が欲しいなら、俺が買ってやるよ」

「ビアスも私の写真撮りたいの?」

「そういう意味じゃねぇよ。ちゃんと飯を食えって話だ。甘いものだけじゃ、体に良くないだろ。腹が減ったら、また俺が何か食わせてやるから」

 ビアスが食事を終えると、ミオはうつらうつらとし始めた。

 短いポニーテールが、ミオが舟を漕ぐ度に、小さな頭の上でぴょんぴょんと跳ねる。

「横になるか? それとも送っていこうか?」

「ん……ううん……ちゃんと、一人で帰る……」

 ちゃんと聞いているのか分からない。

 少しの間閉じられていた瞳がわずかに開き、

「あれ? ここ、どこ?」

「俺の部屋だよ」

「私、無理やり連れてこられた?」

「ミオが訪ねて来たんだろ。ホントに大丈夫かよ」

 再び瞳が閉じられ、ミオの矮躯が大きく後ろへ傾いていく。

「危ねぇ!」

 床に後頭部を打ち付けそうになったところを、寸前で阻止することには成功したが、その拍子にミオを抱えたまま、二人で床に倒れ込んでしまった。

 ビアスの下には、ミオの華奢な体がある。

 ふと、無垢な瞳でビアスを見上げるミオと目が合った。

 しばらく見つめ合う形になり、それからミオが小首を傾げ、

「ビアスは、私を、食べるの?」

ビアスは慌てて起き上がる。そして頭を抱え、

「他の男の前では、絶対にそんなこと言っちゃダメだぞ」

 これほど凶悪な兵器は、なかなか無いだろう。

「ビアス、起こして」

「自分で起きろよ」

「無理」

「何で」

「私には刺激が強かったから」

 感情の乏しいミオの顔が、ほのかに色づいているように見える。

 仕方なくビアスがミオを抱き起そうとした、ちょうどそのとき、

「ただいまー。雨凄いわね」

「邪魔をするぞ。今日は大変だった」

 アーニャとショコラが帰ってきた。

 二人には、ビアスがミオを押し倒しているように見えなくもない。

 最悪の状況だ。

 慄然とした静寂が訪れた後、

「あー、違うぞ? お前らが考えてるようなことではないからな」

 ミオが自分の唇を指で艶めかしくなぞり、

「ビアス、おいしかった」

「さっき作ってやったパスタのことだろ? なんてタイミングで言いやがる」

 ビアスにしては珍しく慌てていると、アーニャが顔を引きつらせ、

「キ、キスしてたんじゃ……!」

「してねぇよ!」

 必死で否定するビアスの隣で、起き上がったミオが、

「いつでもしてくれるって言った」

「料理をな!」

 アーニャは眉と目を吊り上げ、大声でまくし立てる。

「最低、最低、最低、最低、最低! ミオが、自己主張が弱いからって、幼気な女の子を部屋に連れ込んで、キ、キスするなんて!」

「だから勘違いなんだよ。シンクレアは分かってくれるだろ?」

 ビアスが助けを求めると、ショコラは俯き、肩を震わせていた。

「うっ、うっ、……ビアスの、ひっく……うらぎりものぉ~」

「マジ泣きッ?」

 両手で頬を伝う涙を拭うショコラの元に、ビアスが駆け寄り、

「シンクレア、違うぞ? 何もないから」

「ぜったい、うそだぁ~。ビアス、チューしてたんだ~。その子、同じクラスの子でしょ?私だって、まだなのに~」

 ビアスはショコラの両肩を力強く掴む。

「信じてくれ。本当に何もないから」

「ひっく、うっ、うっ……ほんとぉ~?」

 翠玉の瞳を濡らし、ショコラは嗚咽しながらビアスを見上げた。

「ホントだよ」

 ビアスがそう言うと、ショコラは納得し、静かに泣き止んだ。

 しかし、もう一匹いる。

「私は騙されないんだから! アンタみたいなだらしないやつが、何もしてないわけないわ。この変態! 貧乳愛好者! 性欲の権化! にんじん!」

 アーニャは矢継ぎ早に罵倒の言葉を発し、

「シャワー浴びてくる。シンクレアも濡れたままじゃ嫌でしょ。服貸してあげるから」

 着替えを持って、ショコラの手を引き、浴室に入ろうとしたとき、

「ミオも」

「? 私別に濡れてない」

「ミオと二人きりにしたら、また変なことするかも知れないでしょ」

 きつく睨んでくるアーニャに、ビアスは、

「いい加減信じてくれよ。それに、ウチの風呂三人じゃ狭いだろ」

 いくらアーニャとミオがお子様サイズでも、さすがに三人同時には入れない。

「一人は浴槽の外で待って、順番に入る。絶対には覗かないでよね!」

 アーニャはショコラとミオを引き連れ、ユニットバスに入り、ドアをぴしゃりと閉めた。

 ビアスがベッドにゆっくり腰を下ろし、どうやってアーニャの誤解を解こうかと黙考していると、ミオが浴室から出てきた。

 ――一糸纏わぬ姿で。

 ほとんど起伏のないミオの体には、タオルすら巻かれていない。

 いつもポニーテールにしている艶やかな黒髪が下ろされ、か弱い鎖骨にかかっている。

「狭くて、嫌」

「ミルドレイク、タオルで隠せ」

 続けてショコラが出てきた。

 ミオに渡すバスタオルを持っているが、慌てているせいか自分の体を隠すことを失念している。

 黄金比の体の、特にくびれから腰にかけての扇情的なラインが目を引く。

 その腰から程よく引き締まった脚が伸びている様は、芸術的と言っていい。

「み、見ちゃダメ――っ!」

 顔を真っ赤にしたショコラは渡すはずのタオルで体を隠し、座り込んでしまった。

「何やってるのよ!」

 浴室から顔だけ出したアーニャの体に、ショコラが助けを求め、反射的に抱き着いた。

 すると引っ張り出されるように、裸のアーニャが浴室から飛び出し、たたらを踏む。

 新雪のように真っ白い肌に、煌びやかなブロンドが張り付いている。

 そして、何と言っても、圧倒的な質量を持った二つの膨らみは無視できない。

 アーニャの動きに合わせ、上下左右に重たそうに揺れる。

 一瞬で、アーニャの顔が朱色に染まり、

「にゃあああああああああああああああああ――っ!」

 耳を劈くような悲鳴が、ビアスたちを襲った。

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