エピローグ……あるいは、新しいプロローグ
勇者ってなんだろう?
まだ私が幼かった頃、お母さんが三代目の勇者についての絵本を読んでくれたことがあった。
――昔々、とある村が魔物に襲われるという事件が起こりました。魔物の軍団は何の前触れもなく村を襲い、そこにいた人たちを殺し、そしてありとあらゆる建物を破壊し、火を放ちました。もちろん村の人も抵抗をしました。けれど、圧倒的な力と数の多さで、村はたちまち壊滅させられそうになってしまいました。
その村には一人の男の子がいました。男の子は村が襲われたとき、すぐさまお父さんとお母さんによって村の外に逃がされましたが、やはり両親を置いてはいけないと思い、いまだ戦渦の激しい村の内部に戻っていきました。
自分の家まで戻った男の子は、そこで首を切られて死んでいる母親と、腰に茶色いぼろきれを纏った骸骨に、今まさに肩から腰までを切りつけられて絶命した父親を目撃しました。
男の子は頭の中が真っ白になりました。わけがわからなくなりました。どうしてさっきまで生きていた父親が、一緒にお茶を飲んでいた母親が死ななければならなかったのだろうか。そんなことをぐるぐると考えて、足が動かなくなってしまった男の子。しかし、もちろん魔物が男の子の、人間の事情など考慮するはずもなく、父親を切り殺した骸骨の魔物はそのまま男の子にも襲い掛かりました。絶体絶命の男の子……しかし、
骸骨に切りつけられそうになった瞬間、男の子の体がなんと淡く光り始めました。そして骸骨の剣が男の子の肌に触れる前に、剣は粉々になりました。驚いて動きを止めた骸骨に男の子が力任せに体当たりをすると、今までどれだけ大人の男たちが切りかかっても倒せなかった魔物を、いとも簡単に倒せることができました。そう、実は男の子は勇者で、淡い光は彼が神様から与えられた聖なる力だったのです。土壇場になって、男の子の秘めたる力がついに解放されたのです。
聖なる力に目覚めた勇者は、村を襲ってきた魔物を苦労しながらも全部倒しました。その後、父親と母親を含めた村中の人のお墓を一人で作って、そのお墓の前で彼は決意しました。『二度とこんな悲しい出来事が起こらないようにする』と。そして村を旅立った勇者は、世界中で様々な仲間と出会い、冒険をして、最後には聖なる力を以って魔物たちの親玉、魔王を討伐することに成功しました。そう、つまり今の世界が平和なのは勇者のおかげなのです。どんな困難にも立ち向かって、世界を平和に導いた勇者の名前はいつまでもいつまでも語り継がれていったのでした――
めでたし。
めでたし。
めでたし、
なの?
子どもの頃の私はその話を聞くといつも疑問を抱いていた。だってわからなかったから。どこが、どの辺りがめでたいのか。確かに勇者は魔王を倒した。困難に立ち向かい、世界を平和に導き、彼が決意した『二度とこんな悲しい出来事が起こらないようにする』という目標も見事達成された。でも、その恩恵を受けたのはあくまでも勇者以外の人々で、その人々が尊敬していつまでも語り継いだのはあくまでも『神様の威光』を背負った勇者である。
少年は勇者である前に一人の人間の男の子なのに、
誰もが彼のために悲しみ、
誰もが一人の可哀想な少年のために立ち上がるのが普通であるはずなのに、
綺麗事や感動的な話や神様の奇跡なんていうまやかしでその惨劇から目を逸らし、
あまつさえ、希望という名の自分勝手の欲望を傷だらけの年端もいかない少年に押し付ける。
これが本当にめでたいことで、
これが本当に正しいことなのだろうか?
子どもの頃の私はいつも疑問を抱いていた。だってわからなかったから。どこが、どの辺りがめでたいのか。確かに勇者は魔王を倒した。困難に立ち向かい、世界を平和に導き、彼が決意した『二度とこんな悲しい出来事が起こらないようにする』という目標も見事達成された。でも、考えてもみれば、元々勇者になった少年はそんなことを望んでいたはずではないのだ。普通、平和に幸せに両親と暮らしていた男の子が、魔王を倒し世界を平和に導こうなどと考えるなんてことは絶対にありえないことだし、そもそもそんなことは考える必要もないことだった。それが必要だったのは、そんな存在を求めていたのは、魔王の存在に苦しめられていた人々であり、そして、その人々を救うはずの存在であった神様である。そう、神様という存在が勇者を作るのである。魔王に憎しみを抱き、自分の威光を背負った正義の代行者である、悲劇の勇者を。
なぜ、勇者の住んでいる村が襲われなければいけなかったのだろうか。
なぜ、勇者の両親が殺されなければいけなかったのだろうか。
なぜ、絶体絶命、命の危険にならないと聖なる力は目覚めなかったのだろうか。
なぜ、もっと早く神様は彼に誰かを守る力を与えてはくれなかったのだろうか。
もう少し、もう少し早ければ彼は両親を守れ、村の人々も守ることができたのに。
でもそれは、
それこそが神様の思惑だとしたら?
命からがらの所を救った神様という大いなる自分の存在。
両親を殺されたという魔物、魔族に対する憎しみ。
その一人の悲劇の少年を勇者に仕立て上げて、自分という絶対的な存在を顕示、誇示するために魔王を退治させる。
それこそが、神様が描いていたストーリーだとしたら?
「神様に両親を捨てられちゃった」
レン――私が拾った一人の勇者――は、はっきりとそう言った。彼の言うことはまったくその通りだった。だって神様は彼の両親を見捨てたのだから。彼に両親を救えるだけの力を与えようと思えば、いつだって与えることができたはずなのに、神様は彼の両親が殺されるまで力を与えなかったのだから。
私は左手一本で彼を抱きしめながら、彼の境遇のあまりの酷さに心を揺さぶられながらも必死に考えた。このままじゃ、このままじゃあまりにも彼が救われない。このまま彼が剣を握り、自分の村を、両親を襲った魔物や魔族たちを殺し、魔王を倒したとしても意味がないのだ。そんなことをしてしまったら、彼の両親を自分の身勝手で捨ててしまったあの傲慢で怠惰な神様の思い通り、シナリオ通りになってしまう。そんなことだけは、たとえ全世界の人間に感謝と尊敬の念を抱かれるとしても、そんな屈辱的な人生だけはこの子に歩ませてはいけない。
そんな屈辱的な、
屈辱的な、
屈辱……
……くつ、じょく?
「あ」
私はそのときあることに気がついた。
「待って、よ」
気がついて、
「違うよ」
唖然として、
「この場合、一番屈辱なのは、どう考えても――」
憮然とした。
「――私じゃん?」
◇◇◇
確かに私は、私たち家族を救わなかった怠惰な神様を殺すことを決意した。
さらに、その神様の御使いである天使たちは全て殲滅すると決めたし、
それらを信仰して、私に『悪魔の子』という烙印を押した教会の連中にも復讐をすると誓った。
それは人間に生まれながらも魔力、すなわち『魔の力』を持ってしまった事実を考えれば、ひどく自然な流れのようにも思えるし、
私自身も今の今までその道を選んだ自分の選択が間違いだとは思わなかった。
でも、
でも良く考えてみてほしい。
そもそも私がこんな道を歩まなければいけなかった理由はなんだろう。
どうして私は『悪魔の子』と呼ばれ、
母親は『穢れた女』と罵られ、
父親は自ら死に向かわなければいけなかったのだろうか。
……
……なんて、
そんなことは考えるまでもない。悩む必要すらない。それは私にとっての必然であり、十四年間いつだって私を守り、そして傷つけていったものだから。
そう……魔力だ。
人間なのに魔力を持っている。
それが、その事実だけが私の人生を全て決めていった。
ならば――
――ならば、本来私が憎むべきものは神様なんかではなく、この身に宿る『魔の力』ではないのか?
そして、全ての根源が魔力であるのにその力を恨むことなく、むしろその力を以って神様や教会なんていう根本とは程遠い副次的、二次的なものを殺すために命をかけ、実際すでに両親と右手を失ってしまった私は、私はなんて滑稽なのだろうか。このまま私が旅を続け神様を運良く殺せたとしても、それはこの身に流れる憎き『魔の力』、そしてそれを扱う魔物や魔族、究極的には復活した魔王の思う壺ではないか。そんな誰かの思い通りに、何かの思惑通りに人生が弄ばれるというのは、とんでもない屈辱ではないか。
『勇者』のレンとは事情はまったく逆だけど、
そういう意味で言えば、『悪魔の子』と呼ばれた私もまったく同じ状況に立たされていたのだ。
「じゃあ、運命を変えようか」
レンを連れて教会の中に入った私は、まず魔法で四つある暖炉の全てに火をつけた。そして二人とも濡れた衣服を全て脱ぎ去って、全裸のまま暖炉の前で抱き合いながら横になった。
「運命?」
胸の中で寒さに震えていたレンが、私の顔を見上げながら可愛い声で聞き返した。
「そう、運命。『勇者』が魔王を倒すというのは運命で、『悪魔の子』と呼ばれた私が神様を殺そうとするのも運命。でもその運命は全然私たちの知らないうちに決められたものだから、だから私たちはその運命を変えちゃいましょう」
「それはいいけど、でも一体どうするの?」
「簡単なことだよ。私はレンが殺すはずだった魔王を含めた魔物たちを全て殺す。そして貴方は私が殺すはずだった神様及びその御使いである天使、そしてアプテイア教のクソ野郎どもを皆殺しにする。どう、いいアイデアでしょ?」
「そう……だね。でも、それは意味のあることなの?」
「ふふふ、レンは子どものくせに難しいことを考えるんだね」
私は抱き寄せたレンの唇に軽くキスをした。
「そんなこと私にもわかんないよ。でもさ、悔しいじゃん。私たちの人生をぐちゃぐちゃにして、その上、まだ自分たちの思い通りに私たちを使おうなんてさ。確かに意味はないかもしれない。ただの壮大な嫌がらせなのかもしれない。でも、これはきっとやらなきゃいけないことなんだと私は思うよ」
私たちを、私たちの人生を愚弄した奴らは全て殺す。
この日、
『悪魔の子』と呼ばれた十四歳処女は魔王を殺すと決意し、
『勇者』と呼ばれた八歳の童貞は神様を殺すと決意した。
でも、
今日は、
今日だけは、私たちは何もかも考えずゆっくりと眠ることにした。
だってこれはエピローグではなく、
明日から続く激動の日々の始まりを告げる
プロローグなのだから……
最後まで読んでいただいてありがとうございます。感想等ありましたらいつでもお受けしていますので、よろしくお願いします。




