第9話 怖くないよ 怒ってないよ
肉がない。
パニックになりつつ蓋の裏なども探すが、やはり無い。
(バカな!? いくら眠っていたとは言え、テントの裏に魔法竃を設置しているのに、盗み食いに気付かないなんてこと……)
ここまで思考を巡らせ、防音魔法を『アレンジ』で組み込んだことを思い出し、頭を抱える。
「……マニュアル通りにしとくべきだった」
何が起こるかわからない状況で、自分から五感の一部を奪うなんて阿呆のすることだ。
(あ、阿呆だ。俺はなんて阿呆なんだ……)
後悔先に立たず。
何故それをしないのか深く考えず、素人考えのアレンジで失敗する。
良くある失敗の一例を自分で起こしたことに恥ずかしさを覚える。どんどんテンションが下振れていくが腹の虫がそれを許さない。
『グルルルル!』と。
(反省は後だ。今は俺の朝飯を奪った犯人を見つける所からだ……!)
スパイクは腹の虫をならしながら、魔法ポシェットから携帯食(チョコ味)を取り出し、一口で平らげた。
まずは犯人捜し。鍋のメインディッシュのみを食い尽くし、ご丁寧に蓋をして事件の発覚を遅れさせる。それだけの知能を持った生物。
そんなのモンスターには無理だ。
じゃあ、あいつしかいないじゃないかと、スパイクは原住民の寝床に行く。
そいつの口回りにはギットギトの脂が光り輝き、本人は満足そうな笑みを浮かべて寝息を立てていた。
『だろうな……』とは思ってはいた。
その異様にムカつく光景を目にしたスパイクから、自然と濁った音が口から洩れでる。
「……あ”あ”?」
――――
頬を撫でる心地よい朝の木漏れ日。落ち葉の布団で幸せそうにスヤスヤと寝息を立てるサーブ・グリーン。
だが、その幸せを遮る何かの影。そして何か汚い音。
サーブがゆっくりと目を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、冷徹極まりない無表情で自分を見下ろすスパイクの姿だった。
その瞳からは何の感情も読み取れない。怒っているのか、呆れているのか。
見ようによっては、屠殺前の家畜を見る畜産業者にも見える。
脳内アラートが最大音量で鳴り響く。
しかし、そのアラートは一瞬でショートを起こす。
(あ、お父さんお母さん、さようなら)
今、寝起き強制永眠イベントが開催される。
ギトギトに脂ぎった自分の口元。満腹のお腹。全てを察したサーブの体は、考えるより先に動いていた。
フカフカの落ち葉を文字通り舞い散らせ、あまりにも惨めに、そして美しく流れるように地面へと額を擦りつける。
「美味しかったです!!!!!(命乞い)」
渾身の、しかし全く命乞いになっていないその叫び(むしろ自白)は、スパイクに朝飯を横取りされた事実を再認識させ、その額の青筋を増やす結果にしかならなかった。
「……頭を上げてください。話ができません」
だがスパイクは、怒りも怒鳴りもせずにサーブに頭を上げさせる。ただ静かに魔法ポシェットから1冊のメモ帳とペンを取り出し、いつの間にか用意していた木製の椅子へと腰をおろす。
「……これより、現状把握のための聞き取り調査を行います。質問には正確に答えてください」
「は、はいぃっ!」
「まずは始めまして。自分はスパイク・ブラウンです。君の所属と名前は?」
「はい! この春から冒険者ギルド王都本部へ配属されました、新任のサーブ・グリーンと申します!」
「グリーンさんですね。何故、ここにいるのですか?」
「じ、実は、はじまりの横穴のダンジョン巡回を行っていたところ、想定外の『大蜘蛛』に遭遇しまして、逃げてたら何故かここにいました!」
そこまで聞いたスパイクのペンが、ピタリと止まり、何かを察したサーブはまた土下座の態勢に戻る。
その鋭い視線が、土下座をしなおしたサーブの頭頂部に突き刺さった。
「……何故、新任職員の君が、1人でダンジョン巡回などをしている? あれは経験を積んだ職員が行うべき難易度の業務ですよ」
「えっ? あ、あの……先輩からは『今はもう昔と違ってチェックリストがあるから、現地に行って項目にチェックを入れるだけでいい楽な仕事だよ』って教えられて……。私もただの事務作業のつもりで」
ピキ。
静まり返った森の中に、明確に青筋が立つ音が響き渡った。
スパイクの手の中で、安物のペンがみしみしと悲鳴を上げる。
「チェックリストに、チェック、すればいいだけ……?」
「は、はははい。そう言われました!」
「ダンジョン巡回の危険性も! 重要性も! 何一つ理解せず、現場の安全管理を紙切れ1枚に丸投げして形骸化させていたと……?」
スパイクの全身から、凄まじい怒気が噴き出す。土下座の態勢のサーブは、その場で震えることしかできなかった。
「その上、一週間前に行方不明者が出ているのに、ろくな調査もしないまま、講習地として開放してたのか!?」
圧力だけで、周囲の木々からパラパラと葉が落ち、サーブは土下座の態勢を変えないまま尺取り虫の要領でジリジリと後ろに下がる。
「だからお前ら(冒険者ギルド)はいつまで経っても3流の天下り先なんて言われんだよ! 職務怠慢の給料泥棒どもがぁぁぁあああ!!」
「ごめんなさあああいいいいい!!」
「……あ。すまない、失礼。君に言ったわけじゃないんだ。今回は大変だったね」
「えっ」
いま、怒鳴り声を上げた男が、次の瞬間には何事もなかったかのようにスンッと真顔に戻り、丁寧にペンのキャップを閉めていた。
急すぎるテンションの上下。ジェットコースターのような情緒。目の前の男の地雷を踏んだら確実に消されると、野生の勘がアラートを上げる。
しかし、悲しいかなこの女、その地雷原でタップダンスをすることになる――
「さて、次の話題に行きましょう。
――何故俺の朝飯を勝手に食べた?」




