第10話 人間関係は適度な距離感から
――何故俺の朝飯を勝手に食べた?
その言葉にビクンとサーブの肩が跳ねる。
抑揚はなく、怒っているのか、それとも他の何かなのか、声色からは何も窺えない。
ただ、急激な口調の変化から、どこかに地雷が埋まっていることは間違いない。
「お、……お”い”じがっだでず(命乞い二回目)」
でも、何もわからない。
じゃあ、命乞いするしか無いじゃないかと。
「誰が味の感想を聞きましたか? もう一度聞きます。何故、俺の朝飯を勝手に食べた?」
そんなサーブの情緒など気にせず、スパイクは詰める手を弛めない。
「美”味”じぞうだっだ、が、がらでず……」
極度の緊張、恐怖。それらは彼女の情緒を完全に破壊した。
そんな涙と鼻水まみれの顔を見て、スパイクは自分が無意識のうちに過剰な圧をかけていたことに気づいたのか、ポリポリと頭を掻いた。
「すみません。自分も朝飯の喪失で余裕がなくなってたみたいです。聞き方が悪かったですね。あなたの食料はどうしたんですか?」
努めて冷静に口調を柔らかくし問いただす。
「……だ、ダンジョン巡回業務で持って行く、非常用鞄の中に二日分の携帯食が入っていて、それを一週間に分けて食べ繋いで、でも、それもなくなって、お腹すいて……」
「なるほど、非常時故にと言うわけですね。ありがとう教えてくれて」
スパイクの手元のメモ帳に、『ダンジョン巡回時に最低限の装備支給有り』と書き加えられた。
だがそれは、(何を書かれたんだろう?)と、サーブに異様な恐怖をかき立てるものとなっていた。
「では、次の質問です。ここに転移してきて一週間とのことですが、その間の探索でわかったことなどはありますか?」
スパイクは一つの可能性を推察していた。
――昨日の探索で、この周辺の危険度を深く認識した。
だが目の前の女はそこを一週間生き延びている。大蜘蛛程度から逃げ回る所から、戦闘能力は無いにしても、少なくとも周辺の危険生物の目を欺ける特殊技能を持った存在だ――と。
「た、探索?」
サーブは考える。
――何を言っているんだ?周りを見ればわかるだろう、探索なんてしたら、……いや、しまった、目の前の男は、この魔境の化け物を近づけさせない程の、防モンスター魔法を使える異常者だった。話が通じるわけがない――と。
「わだじに”は無”理”でずぅ」
「え?」
「……えぇ?」
互いに、信じられない生き物を見るような視線が絡み合う。
「いやいや、一週間何もしなかったは嘘でしょう? そんなの緩やかな自殺じゃないですか?」
「こんな場所を探索した方が、自殺行為なんですぅ!」
「え?」
「え?」
埋まらない認識。
「グリーン君。……どうやって一週間も生き残びたの?」
「私にもわかりませぇん……」
なんて不毛な認識のすりあわせを行い始めたとき――
大地を揺らす破壊音、衝撃と共に目の前の簡易拠点が『吹き飛んだ』
「ひぃぃぃぃッ!?」
サーブが悲鳴を上げて頭を抱え、パラパラと降り注ぐ瓦礫の雨。ツンと鼻を突く生臭い飛沫。
しかし、この異常者は驚くでも、苦労して作った家を壊されたことにショックを受けるでもなく、ただ抑揚のない声で呟いた。
「……なんだ、今の?」
「あ、あれです! 今のが、私が飛龍に狙われたときも飛んできて、その飛龍を食べちゃったんです! あれがなかったら多分、昨日死んでました!」
「飛龍を……?」
サーブの発言に何か思うところがあったらしく、スパイクはすぐさま拠点跡を調査し始めた。
砕け散った木材の破片。そして、周辺に大量にぶちまけられた粘り気のある透明な液体を指先で確かめ――彼は一人、深く納得の息を吐いた。
「……なるほど。山蛙か」
「……山蛙?」
「ああ。君をあえて泳がせることで、もっと食い出のある大物の獲物が誘い出されるのを待っていたんだろう。だが、せっかくの撒き餌が、防モンスター魔法のせいで機能しなかったんだ。腹を立て壊すのも当たり前だ。カエルには申し訳ないことをした」
サーブは、スパイクの発言を口の中で推敲し、そして――ここから地雷原でのタップダンスが始まった。
「ブフゥッ!」
「……ん?」
急に吹き出したサーブに、スパイクが胡乱な目を向ける。
無理もなかった。ただでさえ理解不能な状況で、目の前の男が突然、『空想上の生き物』を真面目な顔で原因に挙げたのだ。
『あ、この人、お茶目で面白い人だ』
と、サーブの恐怖心が盛大な勘違いによってかき消されてしまったのである。
「な、何言ってるんですか。や、山蛙って、絵本の中の話ですよ。昔話で、安全だから山蛙の近くで集落を開いたってお話ですよね。私も知ってます」
と、ケラケラと笑いながら指摘する。
「なのに『なるほど。山蛙か(ッキリ)』って、ウヒヒヒ!」
それもモノマネ煽り込みで。
もちろん、そんなつもりのないスパイクの額に青筋が2本3本と増えていく。
「いやいや、冒険者安全マニュアルにも書いてあっただろ? 実際に存在して、絵本に落とし込まれたモンスターもいるって」
「安全マニュアル! それあれですよね!? 狂人の書のことですよね! アハハハハ! あー、お腹痛い!」
「狂人の……書」
スパイクの表情が消え、その顔色は赤を越えてドス黒くなっていく。
「その狂人の書は……もちろん読んでいるよね?」
「読むわけ無いじゃないですかーあんな分厚いだけの妄想本! アハハハハハ!」
「……」
ブツンッ




