第11話 それぞれのそれから
――王都中央にある国役所。
『はじまりの横穴』で起きた事故から三日。
モブログの、軍による『聞き取り協力要請』という名の軟禁生活は終わったばかりだった。
それだというのに、今回の事件の当事者として、今度は冒険者課からの出頭要請に応じて足を運んでいた。
「あ、モブログさん。今回は大変な災難でしたね」
窓口の職員が同情混じりの声をかけると、モブログは深くため息をついた。
「本当ですよ。軍の協力要請があれほど面倒なものとは思いませんでした。一体、何度同じ説明をさせられたか分かりませんよ。」
モブログはげんなりした顔で肩を落とす。
「……まあ、責任は自分たち冒険者ギルドにあるんで文句言っちゃ駄目ですけどね」
モブログが乾いた笑いを漏らすと、窓口の職員は小さく苦笑いを返した。
「それではモブログさん、出頭要請の件で来られたんですよね? 課長をお呼びしますので、こちらでお待ちください」
「あ、はい。それと実は、行方不明者届も出したくて……」
モブログは鞄から書類を取り出して差し出した。
職員はそれを受け取り、手元に目を落とす。
「あぁ……事故に巻き込まれた被害者の方ですね。ええと、お名前は……」
「はい。本名はスパイク・ブラウンさんです。確か以前、この冒険者課に配属されていたとも聞いています」
「スパイク・ブラウン? え? ええっ!? ス、スパイク課長!?」
職員は椅子をひっくり返さんばかりの勢いで立ち上がると、慌てふためいて奥の執務室へと走っていった。
数分後。モブログは国役所の奥にある応接室へと通され、現れた冒険者課の現課長と、その親組織である『魔法害獣・害虫対策部』の部長と対面していた。一通りの経緯を話し終え、室内に重苦しい沈黙が流れる。
「なるほど……それで、スパイクがその犠牲に」
部長は深刻な顔で腕を組み、深く視線を落とした。
だが次の瞬間、突如として背もたれにのけぞり、部屋が震えるほどの声で大笑いし始めた。
「ぶはははは! なんだ、そんなことか!」
「……は?」
「君、転移されるのを見ただけで、死体をその目で確認したわけじゃないんだよな? だったら生きてる生きてる! アイツがそんなことで死ぬわけがないじゃないか! と言うかアイツの殺し方があるなら教えてくれ!」
「……は?」
緊迫した空気を一瞬で吹き飛ばされたモブログは、ただ呆然と口を開けて固まるしかなかった。
「にしても冒険者ギルド長として最初の仕事が覆面調査から行方不明とは、斜め上……いや、アイツらしいっちゃアイツらしいか」
そう言いながら部長は、また豪快に笑う。
「え? ギルド長?」
部長のさらっと出した、聞き捨てならない情報に、固まっていたモブログが過敏に反応した。
「……あ」
部長は間の抜けた声を出し、応接室に同席していた課長が深く顔を覆う。
モブログは想定外の言葉に軽いパニックを起こし、思わず身を乗り出して詰め寄る。
「あの、スパイクさんは上司と揉めたり、激務に疲れて、メンタルを崩したから役所を辞めたのでは? それでなんでギルド長? え?」
モブログの言葉にバツの悪そうな顔をして部長が頭をかく。
「そう説明してたのか……アイツが激務や上と揉めた程度で辞めるわけねえよ」
「現場調査用のダミーシナリオなんでしょうね。あの人そういうの作るの好きだったし」
部長と課長は当時のスパイクの振る舞いを思い出したのか、互いにこめかみを揉みながら疲れた表情を浮かべた。
「メンタルが不安定なのは昔からだ。マジで厄介なガキだった。つまり、アイツの言った事は全部嘘だと思っていい」
「じゃあ、上司と揉めるたびに部署異動させられたってのも……」
モブログが尋ねると、二人は示し合わせたように、スッと目をそらした。
「あ、すいません」
何かを察したモブログのセリフと、数秒の気まずい沈黙の後、「ゴホンッ!」と、わざとらしい咳払いが応接室に響く。部長は誤魔化すように腕を組み直した。
「……まあ、その話は横に置いといてだ。全部バラすとだな、うちの管轄組織である冒険者ギルドに、ようやく抜き打ち監査が入ってな、調査の結果、色々やっててくれて、上層部の更迭が決まったのさ」
「更迭、ですか?」
「ああ。んで、次の人事どうするかってなって、ずっと『ギルドの調査をしろ』って上申してたアイツに、国のお目付役として白羽の矢が立ったって訳」
とんでもない裏事情にあっけにとられるモブログに対し、すかさず課長が慌てて口を挟む。
「モブログさん、まだ発表前ですから、今の話はオフレコでお願いします。スパイク課長、じゃないスパイクさんが戻ってくるまでで良いので」
「ガッハッハ! そういう事でモブログくん、その行方不明届は持って帰って良いよ。意味ないから」
欠片も死んだと思っていない、スパイクの元同僚たちのセリフに、モブログはまたしても、口を開けて固まるしかできなくなった。
「部長は、ああ言ってますけど、届け出は受け取っておきますね。義務ですし」
課長が、気の毒そうにモブログを見ながらそっとフォローを入れた。
――同時刻
喧騒に包まれた冒険者ギルド本部。
装備の金属音や荒くれ者たちの笑い声が響く中、ギルドの片隅で一人の少年・レシーブが分厚い本を大切そうに抱えていた。
「これが『狂人の書』……! これを読めば、俺も強くなれるんだな?」
興奮冷めやらぬ様子で目を輝かせる少年に、ギルドの職員は苦笑しながら首を横に振った。
「無理だよ。そこに書いてある内容を実践できるのは、すでに化け物じみて強い人さ」
それは、常人には到底理解できない狂気じみた鍛錬が記された奇書。
しかし、少年の目は少しも揺らがない。
「でも、目標にはなる」
本を胸にギュッと抱きしめ、まっすぐな声で言った。
「俺は……スパイクのおっさ、……お兄さんみたいになりたいんだ」
レシーブの目に宿った光は、決して揺らぐことなく、どこまでも遠い未来の頂きを見据えていた。
その純粋で力強い眼差しに、職員はふっと表情を和らげ、未来の英雄の成長を祈るような温かい視線を送った。
――――
――――??日後。魔境。
そこには、涙も涸れたボロボロのサーブが、真っ白になって明後日の方に焦点を合わせていた。
そして、その前で仁王立ちをするスパイクの手には、初級者でも実践できる能力アップを目的に書かれた『冒険者安全マニュアル:初級編 第一章』と書かれた原稿があった。
後に冒険者ギルド職員から『拷問の書』と呼ばれる本の草案である。
なお、『全十二章予定』。




