第7話 完璧究極美少女登場
――どこかの深い森の中。
「いやああああああああ! 無理無理無理! スパイクさんスパイクさんスパイクさん! 助けて助けて助けて!」
涙目で逃げ惑う少女が奇声をあげる。
彼女の名前は『サーブ・グリーン』
この春、学生生活を終えて社会人になったばかりの、どこにでもいる18歳の女性であり、行方不明となっていたレシーブ・グリーンの姉である。
その後ろには、魚の群れがヒレを手足のように使って、虚ろな瞳のまま陸上を走り続けていた。
「安心しろ。ちゃんと群れのボスは間引いてある。あとは一匹づつ駆除すればいい。……まったく、自分の甘さが嫌になる」
崖の上の安全圏から、スパイクが魚の切り身を調理をしながら、よく響く声で自嘲気味のセリフと共に言葉をかける。
「一匹だけでも無理なんです!!」
「ガンバレ」
「この悪魔あああああああ!」
少女の瞳からは大粒の涙が溢れ、スパイクの瞳には少女の成長が微笑ましく映されていた。
「昨日までなら叫ぶ余裕もなかったのに、成長が早いなぁ」
そんな気の抜けた呟きは、少女の叫び声と共に、地平線まで続く深い森の木々に吸い込まれて消えていった。
――どこにでもいる18歳の少女を、陸を走る魚の群れに追い立てさせる。文章にしてもよくわかる狂った状況。
さて、何故そんな状況になっているのか。
それはスパイクが『はじまりの横穴』の転移トラップによって、この魔境に飛ばされてきた日まで遡って語らせてもらおう。
――――1週間前、この場所で彼女は家族を思い一人泣いていた。
(拝啓、お父さん お母さん レシーブ あと、犬のタロ。
はじまりの横穴の『転移トラップ』に引っかかって一週間。私はもうダメかもしれません。害虫害獣指定3類の駆除で精いっぱいの私では、ここで生き延びるのは少々難しいです。先に旅立つ不孝をお許しください)
持っていた最後の携帯食を頬張り、運よくこの場所に湧き出ていた水を口に含むと、思わずポロポロと涙がこぼれ落ちる。
(泣くな! 泣くな私! 少ない塩分が無駄に消費される!)
「う、うええええぇぇん……」
見渡す限りの深い森。見たことのあるモンスターが、見たことのないサイズで闊歩する。
人類圏では国軍駆除指定と呼ばれる捕食者が、ここでは被捕食者へと成り下がる。
そんな地獄の入口で、彼女の泣き声は深い森の木々へと吸い込まれるだけだった。
――――
――そもそも、なぜ彼女が転移トラップなどに引っかかったのか。理由はシンプル、彼女が冒険者ギルドの職員だったから他ならない。
スパイクが『できていない!』と憤慨して指摘した、月に一度の定期巡回。
本来ならば熟練の職員が、その経験を元にダンジョンの異常を計る業務であったが、今やまともな研修も引継も行わず、彼女のような新米職員に押しつけられていた。
言わば、形ばかりの『チェックリスト』業務へと形骸化していたのだ。
で、よりにもよって初めての調査中、『大蜘蛛』と遭遇。必死の逃走劇の末に、運悪く、あるいは幸運にも踏み抜いたのが、あの転移トラップ。
大蜘蛛の牙からは逃げれたものの、代わりに彼女が手にしたのは魔境への片道切符だったのだ――
彼女は三角座りをしたまま空を見上げる。視線の先では、悠々と飛龍が宙を舞っていた。
(あ、飛龍だ。生で見るの初めてだな……)
飛龍――空の王者と呼ばれる、『害獣害虫指定』の上『災害指定』のモンスター。確認されると国の端っこだろうが、蜂の巣をつついたような騒ぎが王都で起きる化け物である。
(私も、空が飛べたらなぁ。……いや、ダメか。飛龍に食べられて終わるだけだ)
そんな飛龍を涙目で見上げていると――
(なんか、……目が合った?)
飛龍は視線を固定させ、あからさまにサーブの頭上で旋回し始めた。
(……泣くな、泣くな私! 絶対気のせいだ!)
そんな涙と鼻水濡れの現実逃避も虚しく、それは、獲物である『サーブを』捕食しようと高度を下げてくる。
国から災害と呼ばれるそれは、黄金の瞳を逸らさず、口が半開きとなったサーブの元へグングンと近づいてくる。
彼女の脳裏には、冒険者ギルドに就職する際、心配そうな視線を向けてきた父と母の顔が、走馬灯のように駆け巡る。
「お”か”あ”ざあ”あ”あ”あ”あ”ん! お”と”お”ざあ”あ”あ”あ”あ”ん!!」
生存を諦めたその瞬間、突如地表から黒い何かが伸び、その悠然と羽ばたく巨躯を強引に絡め取り、そのまま地表へ引きずり落とす。
大地を揺らす轟音と衝撃波が、サーブの元まで響き渡って、彼女の髪を靡かせる。
自由を封じられ、地表へ叩きつけられた飛竜は、悲鳴を上げることもできずに、闇の蠢く森の中へ引きずり込まれていく。
「あーらまぁ……」
その直後、飛龍の断末魔と『バリボリ』という捕食音が響き渡った。
(なんで私、まだ生きてるんだろう……)
安堵と恐怖で、また涙がボロボロと溢れていく。
(泣くな私。でも涙が出ちゃう。女の子だもん)
「お腹すいたよぉ。スイーツ食べたいよぉ」
意外に余裕のありそうな呟きを口にすると、まるで、その願いに呼応するように、彼女の視線の先、一週間前に自分が現れた場所に、鈍い光りが輝きだした。
「……?」
この一週間、まるで変わらなかった状況に、文字通り光が差したのだ。
「助け? 助けが来た!? ふぎゃっ!?」
希望の光を前に、サーブは立ち上がろうとしたが、飛竜の襲撃で完全に腰が抜けていた。上手く力が入らず、這いずるようにして光へと向かっていく。
満面の笑みを浮かべ、光のそばへ辿り着いたとき、ふと恐怖が頭をよぎる。
(大蜘蛛が転移してきたらどうしよう)
その笑顔は一瞬で引き攣った。
抜けた腰のまま、両腕の力だけで機敏な動きを見せ、背後の茂みへとダイブする。
(私は植物! 私は植物だ!)
心の底から己を偽装し、落ちていた枝を頭上に掲げ、必死に茂みになりきって見せる。
やがて光が収まり、そこに一つの影が姿を現した。
「転移、……転移、あったあった、えー、転移トラップ。基本即死です。引っ掛からないようにしましょう。……怖いね、ダンジョンって」
そこに現れたのは、冒険者のハウツー本をペラペラと読み込み、どこか軽薄な声で呟く一人の男。
(人間だ。間違いなく人間の男性だ!)
「助けが来たああああ!!」
サーブはそれまでの緊張が解け、涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら、現れた男に飛び付く。……飛び付こうとした。
「ッギャン!?」
「……あ」
意識的か無意識か、男の突き出した拳がサーブの顔へと突き刺さり、彼女の高い鼻から大量の鼻血が吹き出した。そのまま喉を掴まれ、頸動脈を締められる。
「ッキュ!?」
「何これ? ……原住民?」
(あ、これ助けじゃないや)
遠のく意識のなか、遭難者が二人に増えただけだと彼女は悟った――
――――
サーブが気を失った直後。
スパイクは白目を剥いて倒れる女性を見下ろし、「やっちゃったかもしれない」と内心で冷や汗をかいていた。
急に奇声を発して襲って(?)きたので、つい〆落としたのである。
原住民かと思ったが、革の胸当ての下には冒険者ギルドの制服を着ている。
(とりあえず、落ち葉でも集めて隠しておこう)
彼は人目もないのに人目を気にした行動を起こすが、何をやっているんだと我に返る。
「……暇だし探索でもするか」と、考える事をやめ、マイペースにその場を後にした。




