第4話 英雄の姿
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(夢でも見ているのだろうか)
『逃げてください! 俺が足止めをしますから!!』
それは、モブログ自身が死を覚悟して発した言葉だった。
自分が犠牲となって、研修生たちを逃がす。そんな決死の思いに基づく行動。
しかし、その絶望的な現実は乱暴に押しのけられ、逆に夢のような光景を目の当たりにすることとなった。
「基本通りにすれば怪我しないから」
そんな気の抜けたセリフと共に放たれた一撃。
幼いころに夢見た、自分が成りたかった英雄の姿がそこにあった。
いや、モブログの目には、一撃だったのかすらもわからない。そもそも剣筋すら見えなかった。
今回支給された安物の貸与剣などでは、刃が通るはずもない大蜘蛛の硬い関節。それが、スパイクの一振りによって、あまりにも呆気なく、そして正確に、全ての脚を断ち切っていた。
1類に分類される大蜘蛛が、ただの害虫駆除の如く淡々と処理されて行く様をみて、モブログは――
(やっぱり、この人が異常だったんだな)
と、強く納得した。
「……凄い」
モブログは安堵し、畏怖の称賛が研修生たちの口から漏れ出るが、レシーブの悲痛な叫びによって、その時間はすぐに終わりを迎えた。
「まだだ! まだ後一匹いるんだ! もっと、あんなのよりデカい奴が! トスが、トスが捕まってるんだ!」
「なん……だって」
それは1類の上位種の示唆。
発見次第、いや、可能性の示唆だけでも即時国軍派遣要請が必要となる。様子見も、戦闘も認められない、そこに犠牲の有無は問われない。
モブログは集まっている研修生の数を確認する。
(10人しかいない……!)
13人の研修生のうち、最低でもトスを含めた3人を、今この瞬間に『見捨てる』必要がある。
「全員集まれ! 至急、このダンジョンから離脱する!」
モブログの鋭い指示が飛んだ。しかし、それに真っ向から逆らう者がいた。
「待って! 待ってくれよ! トスは!? トスはどうなるんだ!」
レシーブだった。彼は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、モブログの腕に必死に縋り付いた。
恐怖のあまり今日出会ったばかりの少女を置いて逃げ出してしまった強烈な罪悪感。
それが今、大蜘蛛を瞬殺したスパイクの姿を見たことで「助けられるかもしれない」という一縷の希望にすり替わり、彼の感情を暴走させていた。
「おっさん、お願いだ! あんた、すげぇ強いんだろ!? あれのデカいのも倒せるんだろ!? トスを……俺のせいで捕まったトスを助けてくれよぉッ!」
レシーブは今度はスパイクの足元に転がり込むようにすがりつき、子供のように泣き喚いた。
自分が逃げた後悔、姉が消えた場所でまた誰かを見捨ててしまうことへの恐怖。極限状態のパニックで、少年の心は完全に限界を迎えていた。
「助けて、助けてよ……! 逃げちゃったんだ、俺が置いて逃げちゃったんだ……うぁぁぁぁぁっ!」
しかし、その悲痛な懇願を受け止める余裕は、大人の側にもなかった。
モブログは泣き叫ぶレシーブの胸ぐらを乱暴に掴み上げ、自分より背の低い少年の顔をギリッと睨みつけた。
「もう死んでる!!」
「っ!?」
それは、大人としての苦渋と、有無を言わさぬ気迫を込めた一喝だった。
上位種に攫われた人間の生存率などゼロに等しい。この生意気で不器用なガキの心をへし折ってでも、生き残った10人を確実に生還させるための非情な決断。
「スパイクさん! あなたも行きますよ! どんなに強くても……」
「……安全管理義務違反。管理ダンジョンでの死亡事故。配置モンスターの申請書との相違、乖離の反省文……」
スパイクはモブログの言葉を無視して、虚空を見つめながらブツブツと呟き始めた。
「スパイクさん! 今はそんなこと言ってる場合じゃない!」
「以上を提出して頂ければ、今回は改善指導のみでペナルティなどはございません。……ふざけんなよ?」
「え?」
「……いつもそうだ。自分たちがキチンと義務を果たしていれば、出なかった犠牲も、紙切れを出せば無かったことになってしまう。だから変えられない、変わらない!」
ガシガシと大蜘蛛の死体を足蹴にする。
「スパイク……さん?」
「そんでまた問題が起きたら、悲痛な顔して反省をしたふりをする! しわ寄せが全部現場に、末端に、弱い奴らに来てんのによ!!」
スパイクは苛立ちを抑えきれず、足蹴にしてた大蜘蛛の死体を蹴り上げ、反対側の壁に叩きつけ、緑色の染みを作る。
――その瞬間だった。
「あ……」
まるで巨大な昆虫が顎を鳴らすような『カチカチ、ギチチチチッ』という威嚇音を洞窟内に響いてきた。
それは、もう一体の大蜘蛛。先ほどスパイクが処理した大蜘蛛と同種とは思えないほどに大きく、身に纏う死の予感は比べものにならない。
見ると、その背中にある出入口は粘着性の糸で塞がれており、誰一人として逃がす気が無いことが、よく分かった。
研修生たちは腰を抜かしその場にへたり込む。
モブログに至っては、生まれたばかりの息子の顔を思い出して(ああ、まだ名前も付けてなかったな。ゴメン)などを考えながら、すでに生き残ることを諦めていた。
「――フシュウウウゥゥゥ」
目の前の化け物は、同種を足蹴にされたことへの怒りか、それとも別の何かか、その眼には興奮に染まった赤い光が爛々と輝き、その場にいる者全てを絶望の淵へ叩き込んでいく。
「――お、ちょうどよかった。わざわざ巣まで駆除に行く手間が省けた」
もちろん、一人を除いて。




