第26話 新たなる絶望
「こいやぁぁデカトカゲ!!」
クイックの覚悟を決めた渾身の挑発が、魔境の森に響き渡る。
だが、飛龍は、見事なまでに彼を無視し、チョロチョロと逃げ回る受付嬢・サーブへと執拗な猛攻を繰り返していた。
「お、おーい?」
空振りに終わった挑発に、クイックが間の抜けた声を漏らす。
「どんだけヘイト稼いでんだよ受付嬢! 仕方ねえなぁ!」
倒木の陰から舌打ちをしたブリッツが、再び大型クロスボウを構えた。狙うは飛龍の顔面、先ほど自分が潰した右目とは逆の、残された左目だ。
カチャリと引き金を引き、空気を切り裂く矢が放たれる。
――しかし、矢は飛龍の固い鱗に弾かれ、明後日の方向へと行ってしまった。
「当てろよ!」
「あそこまで激しく動かれてるとムズいっての!」
クイックの野次に、ブリッツが顔を紅潮させて言い返す。
だが、左目を狙ったその一撃は、サーブへのヘイトを逸らすには充分すぎた。飛龍の動きがピタリと止まり、その巨大な頭がゆっくりとベテラン二人へと向けられる。
どうやら、自分の右目を潰し、ちょっかいをかけてくる『小バエ』のほうが、逃げ回るだけの受付嬢よりも優先度が高くなったらしい。
「サーブお姉さん!」
飛龍の意識から外れ、猛攻から解放されたサーブが、息を切らしながらトスとクロスの隠れる広場の端へと戻ってきた。
「もー! スパイクさんに作ってもらった私の家がぁ!」
死線を超えてきたはずのサーブだが、その顔に恐怖はなく、家を壊されたことへの純粋な怒りだけが満ちていた。
「えっと……、ギルドの詰め所じゃないんですか?」
冷静なクロスのツッコミに、サーブは頬を膨らませる。
「詰め所……だけど、私の家!」
「まあまあ、また作ってくれますよ」
トスが苦笑いしながら宥めるが、サーブは首を横にブンブンと振った。
「甘いよ! スパイクさんのことだから『次は自分で作れ』って言い出すに決まってる! あの人、一回見たら誰でも再現可能って本気で思ってるんだもん!」
災害指定モンスターを前にして、上司の愚痴をこぼすサーブの図太さに、トスは感心と呆れの入り交じった感情で呟いた。
「……サーブお姉さんは凄いですよね」
すると、急に褒められたように感じたサーブはパッと顔を赤くし、照れ隠しのようにそこらへんに生えていた色鮮やかな花をむしり取ると、トスの目の前へ差し出した。
「え? 何、急に? ……花の蜜、吸う?」
「いや、大丈夫です」
トスに即答で拒否されたサーブは、チュウチュウと自分で花の蜜を吸い始めた。
「美味しいよ?」
そのあまりにも魔境に馴染みすぎている姿を見て、クロスは遠い目をしながらポツリと漏らした。
「……これ、レシーブくんが帰ってくるまで、全部この人に任せても良かったんじゃ」
一方、飛龍のヘイトを完全に買った前衛組。
「片目を潰せてて良かったぜ。死角に入るのが普通より楽だな」
「ケツに火がついてる状態だがな!」
ブリッツの分析に、クイックが走りながら悪態をつく。
彼らは飛龍の猛攻を躱しながら、事前の作戦通り、ディグを待機させているポイントへと的確に怪物を誘導していた。
(あとひと息……行くぞ!)
ハンドサインを駆使し、木々の間を縫うように走り、意図的に死角を利用して、飛龍の視界から一瞬だけ『小バエ』たちの姿が消える。
目標を見失い、苛立ちに咆哮を上げる飛龍。
「こっちだこっち!」
「遅ーよトカゲ!」
クイックたちの挑発に呼応し、飛龍が巨大な翼を広げて空へと舞い上がった。
地を這っていくと、また散開される。なら、空から勢いよく滑空して衝撃波で一帯を吹き飛ばす。それなら逃げられない。
「……とか考えているんだろうな」
「飛龍なんていっても、所詮はトカゲだな」
上空で反転し、一直線にこちらへ滑空してくる巨大な質量兵器。
だが、ブリッツとクイックは逃げようとはせず、その場に立ち止まり、迫り来る飛龍を見据えてカウントを始めた。
「3」
クイックが叫ぶ。
「2」
ブリッツが叫ぶ。
「1」
声を合わせて叫ぶ。
「今だぁぁぁ!!」
飛龍の上空からの滑空と全く同じタイミング。
「うおおおおおおおぉぉ!!」
木の上に潜んでいた戦士・ディグが、大木の太い枝もろとも飛龍の真上へと飛び降りた。
重力と自身の巨体、そして決死の覚悟を乗せた戦斧が、飛龍の片翼の付け根を正確に捉える。
凄まじい破壊音が響く。
戦士の渾身の一撃は、飛龍の片翼を見事にへし折り、その勢いのままブチブチと根元からえぐり取った。
「ひゅー! 凄え威力だ」
ブリッツが口笛を吹く。
突如として揚力を失った飛龍は、絶叫を上げながらコントロールを失い、明後日の方向の地面へと無様に叩きつけられた。
「はぁっ、はぁっ! 当たった!?」
着地の衝撃で転がりながら、ディグが叫ぶ。
「ボサッとすんな!!」
「まだ終わってねえぞ!」
クイックとブリッツの怒号。
ディグが振り返ると、片翼を失い血塗れになりながらも、飛龍が執念で立ち上がろうとしていた。
「うおおおおおおぉぉぉっ!!」
ディグは恐怖と興奮の入り交じった雄叫びを上げ、戦斧を振り被り、飛龍の頭部へとトドメの一撃を振り下ろした。
森に轟く飛龍の断末魔。
反射で高く上がった飛龍の尻尾が、力無く崩れ落ちた。
――緊急クエスト【飛龍討伐】完了
「終わった……か?」
「これで終わってなかったら、生物として認めねえよ」
限界を迎えていた男性陣は一斉に地面へとへたり込んだ。
「お疲れ様です」
荒い息を吐くクイックたちが振り返ると、そこには森の奥から戻ってきたレシーブの姿があった。
「もう戻ってたのか」
「はい、皆さんの帰りのガマ油です」
レシーブは、帰還の条件である山蛙のガマ油が入った小瓶をベテランたちへ手渡していく。
そして、まだ戦斧を握りしめたまま座り込んでいるディグを見下ろし、目を輝かせた。
「ディグさん、凄いですね。普段、どんなトレーニングしてんすか?」
「え? いや、……ゴメン、とくには何も」
謙遜ではなく、本当に特別なことはしていないというディグの答えに、レシーブは分かりやすく肩を落とし、うなだれた。
「スパイクさんタイプ(理不尽)か……」
「コラコラ、気軽にギルド長の名前を出すな。ギルド長が現れるぞ」
呆れ顔のブリッツが注意する。
レシーブは「え? あ?」と首を傾げるばかりだ。
「……妖怪扱いなんですね、ギルド長」
緊張が解けたディグの顔に、ようやく安堵の笑顔が浮かぶ。
「妖怪扱いじゃなくて、ありゃ妖怪なんだよ!」
ブリッツがそう言い放つと、戦いを終えた男たちの間にドッと笑い声がこだました。
「……おい」
だが、一人だけクイックの顔が引きつっていた。
「おい!!」
「ど、どうしたクイック?」
「……ギルド長って、あれか?」
震える指先でクイックが指し示した先。
そこには、片手に人間大の麻袋を抱えた男が立っていた。
そしてその男は、飛龍にすら捕まえられなかった受付嬢・サーブの頭を、見事なアイアンクローで吊るし上げている真っ最中であった。




