第27話 夜に口笛を吹くと蛇がくる
ガマ油を求めて魔境の森を駆け抜けながら、レシーブは激しい自己嫌悪に苛まれていた。
30分で取りに行けると大見得切ったにも関わらず、疲労で鉛のように重くなる足。思うように上がらないスピード。
(くそっ……情けねえ!)
自分の力不足が、ひたすらに格好悪かった。自分がなりたいと願った理想の姿には程遠い。
(焦るな。落ち着け……!)
必死に自分に言い聞かせるが、目的地まではまだ三分の一も来ていない。
そんな彼の焦りをあざ笑うかのように、前方の茂みに巨大な白い影が現れる。
(……白狼!? なんでこんな所に!? こんな時に!!)
それは飛龍に並ぶ災害指定の上位モンスター『白狼』。
雪山などの山間部にしか生息しないはずなのに、この森へと降りてきている。
想定外ばかりが起きる『魔境』と呼ばれるこの場所と、自分の運の悪さを心の底から呪いながらも、頭の中で方針を固めていく。
今の自分ではまともにやり合える相手ではない。幸いなことに、まだこちらには気付いていない様子だ。
(迂回する暇なんてない……!)
レシーブは息を殺し、森の木々を利用して高く飛び跳ねながら、白狼の頭上を通り過ぎようと試みた。
(気付くな、気付いてくれるなよ……!)
心の中で必死に祈りながら枝から枝へと飛び移った、まさにその瞬間だった。
「レシーブくん、どこ行くの?」
「へっ?」
極限の緊張状態の中、不意に掛けられた気の抜けた声。
驚きのあまりレシーブの足は見事に滑り、顔面から太い枝に激突した。
「ふぁっ!?」
そのまま地面へと落下し、鼻を押さえて悶絶する。
「……大丈夫?」
痛みに耐えながら恐る恐る見上げると、そこには自分を見下ろす巨大な白狼の姿があった。
(あ、死んだ)
そう覚悟を決めたレシーブだったが、白狼の背中に『誰か』が跨っていることに気がついた。
「す、スパイクさん……?」
「はい、スパイクです」
飄々とした態度で答えるその男は、間違いなくレシーブの理想とする人だった。
「な、何してるんですか!?」
「こっちのセリフだよ。そんな急いでどこ行くの?」
「山蛙のガマ油を、取りに……」
その言葉を聞いたスパイクは慌てる。
「えっ!? サーブの奴、もしかして予備を用意してなかったの!? それはごめん!」
言うが早いか、スパイクは腰の魔法ポシェットに手を突っ込み、ガマ油の入った小瓶をジャラジャラと大量に取り出してみせた。
「そ、そうじゃなくて! 今、飛龍が襲ってきて、キャンプ地を全部吹っ飛ばしちゃったんです!」
必死に状況を説明するレシーブに対し、スパイクは「ああ」と軽く頷いた。
「そういえば来てたね。さっき上から見たよ。だから一応様子を見に来たんだ」
「なに落ち着いているんですか! 飛龍ですよ!? 災害指定の! ……上から?」
「んー? クイック・ブリッツのベテランコンビ、ディグくんもいただろ? 後衛にはトスくんやクロスくんもいる。さすがに過剰戦力だろ」
「ええ……?」
あまりにも気の抜けた、しかし絶対的な信頼を寄せているかのようなセリフ。
だが、その言葉を聞いたら、レシーブの心の中に渦巻いていた焦燥感が、嘘のように霧散していくのを感じた。
「……あー、俺も手伝いに行ったほうがいい?」
そう聞いてきたスパイクに対し、レシーブは深く息を吐き出して立ち上がった。
「……いや、大丈夫です。俺、先に戻ります!」
(悔しいけど……やっぱり、格好いいな)
ほんの少し言葉を交わしただけで、これほどの安心感を与えてくれる。
自分が目指すべき目標の途方もない大きさを改めて実感し、レシーブは決意を新たに前を向く。
……そして、ふと目の前の白狼とバッチリ目が合い、鼻息をかけられベロンと顔を舐められた。
(いや、無理かも……)
冷や汗を流しながら、レシーブは小瓶を握りしめて踵を返した。
ちょっとした疑問を胸に抱いたまま。
(……ところで上ってどこだ? なんで白狼に乗ってたんだ?)
――――
一方、その頃のキャンプ地跡。
「だーかーら! あの人はいつだってそうやって理不尽なんだってば!」
飛龍の脅威が去ったわけでもないのに、サーブの口からはスパイクへの愚痴が止まらなかった。
先ほどトスに褒められたと勘違いしたことで完全に調子に乗ってしまい、もはやリミッターが外れていた。
「『君たち、本当にマニュアルは読み込んできたのか?』」
ご丁寧に声帯模写まで交えながら、身振り手振りで熱弁を振るうサーブ。
「ホント、だからあの人はモテないのよ! ハラスメント大魔神なんだから!」
(……どうしよう、この人)
トスが呆れ顔でその光景を眺めていると、ふと、サーブの背後にある巨大な木がガサリと揺れた。
トスが何気なく視線を向けると、そこからヌッと顔を出したのは、凶悪な上位モンスターの白狼だった。
(あ、私、死んだ)
絶望がトスの脳裏を過ったが、白狼の背に跨る人影。今まさにサーブの愚痴の標的にされているハラスメント大魔神こと、ギルド長・スパイクその人だった。
(あ、死んだのはサーブお姉さんだ)
「俺はギルド長様だぞ――って、聞いてるトスちゃん?」
「……後ろ見たほうがいいですよ」
「後ろ?」
サーブが首を傾げながら振り返った。
魔境の空に、ディグの戦斧を食らった飛龍の断末魔の絶叫と、スパイクにアイアンクローを決められたサーブの悲鳴が、見事なグラデーションとなって響き渡ったのだった。
「……ギルド長の話をするとギルド長が現れるって噂、ホントだったんですね」
隣にいたクロスが、小さく呟いた。




