第25話 お前がやれ
「レシーブ!? あんた私を置いてどこ行くのよぉ!」
飛龍の牙をミリ単位で躱しながら、サーブの文句の叫びが魔境に響き渡った。
彼女の視線の先では、弟のレシーブが飛龍に背を向け、森の奥へと全速力で駆け出していくところだった。
「私を助けに来ないの!? もう疲れたんだけどォォォ!」
「……やっぱりあの受付嬢、30分くらいは平気で持つだろ、あれ」
倒木の陰からその規格外の鬼ごっこを眺めていたクイックが、呆れたように呟く。
「あはは……」
トスは乾いた苦笑いを浮かべながら、手元の杖を振るい、前衛となるクイックとブリッツへ『身体強化』の支援魔法を次々と重ね掛けしていく。
隣にいる薬師のクロスにも、万が一の余波に備えて防御力アップの魔法が付与された。
そんな頼もしい後衛陣の横で、戦士のディグだけは、未だに巨体を震わせていた。
――――
――時間は少しだけ遡る。
倒木の陰での、緊急の作戦会議。
「む、無理だ! カメの甲羅を割った程度で、俺なんかに飛龍の相手なんて無理だ!」
ディグは泣きそうな顔で頭を抱えていた。
しかし、クイックはそんなディグの胸ぐらを掴む勢いで詰め寄った。
「自慢かてめえ? 陸王ガメの甲羅をカチ割るなんて、戦士にとっちゃ目標の一つだろうが。それが出来る奴を遊ばせておく余裕なんて、今の俺たちにはねえんだよ!」
「だ、大体! 仮に俺の攻撃が通ったところで、勝てる保証なんてどこにもないじゃないですか!」
ベテランの気迫に押されながらも、ディグは必死に反論する。
だが、それを遮ったのはレシーブだった。
「いや、攻撃が通るだけでも、勝負の目は十分に出ていますよ」
そう言うと、レシーブは懐から分厚い一冊の本を取り出した。
「……『狂人の書』じゃないか」
ブリッツが顔を引きつらせる。
「『冒険者安全マニュアル』です」
レシーブは真顔で訂正し、パラパラとページをめくって該当箇所を指差した。
「これに書かれている『飛龍の倒し方』。……まず、羽を片側だけでいいからむしる。これで空を飛べなくなります。次に、足をへし折る。これで機動力がなくなります。あとは解体するだけです。大きな暴トカゲと変わりません、とあります」
「……噂通り、完全に狂ってますね。なんで暴トカゲを駆除できる前提なんですか」
クロスがドン引きした顔で呟く。
「確かに、今の俺から見たら絶対にできないことです。でも、ディグさんの攻撃が通るというなら、このマニュアルの倒し方が実現できます」
レシーブが真剣な眼差しで訴えると、クロスは顔を輝かせた。
「レシーブ君なら、すぐにでも出来るようになるよ!」
「あ、ありがとうございます……」
年上の綺麗なお姉さんに距離を詰められ、照れるレシーブ。
だがその横で、トスの瞳から光が消えた。
「…………」
漆黒の視線がクロスへと突き刺さるが、クロスはそれに気付いていない。
「俺が飛龍を撹乱します。その隙を突いて、ディグさんが攻撃を当ててください」
レシーブが作戦を口にした瞬間、ベテラン二人が待ったをかけた。
「ふわっとしすぎだ。その指示は」
ブリッツが首を振る。
「お前はガマ油を取りに行け!」
クイックがレシーブを指差した。
「え?」
「どっちにしろ、ここから帰るには山蛙のガマ油が必要になる。飛龍を倒すにせよ、逃げるにせよな」
ブリッツが補足する。
「なら、最速で持ってこれるお前が先に取りに行っておくべきだ。冒険者なんだろ? いろんな展開に備えろ」
クイックのベテランとしての重い言葉に、レシーブはハッとして頷いた。
「それに、撹乱なら俺たちのほうが得意だ」
クイックとブリッツが、歴戦の猛者としての不敵な笑みを浮かべる。
「支援魔法でサポートできます」
トスが杖を構え、クロスも力強く頷いた。
いまだに涙目でガタガタ震えているディグをよそに、話はどんどん進んでいく。
「ディグ、自信を持て! お前は、俺たちにできないことができるんだ」
クイックの言葉に、ディグはゆっくりと顔を上げた。
「サポートする俺たちを信じて、お前はただ、全力で剣を振り抜くだけでいい」
ブリッツが力強く言い放つ。
「頼んだぞ」
そう言って、ベテラン二人はディグの分厚い鎧に『コン』と拳を当てた。
(……俺が、頼られている?)
ディグは過去を思い出していた。
今まで組んだパーティーでは、動きが鈍いや、不器用、足を引っ張るな、としか言われてこなかった。
腕っ節には自信はあった。
だが、それだけだ。それも常識の範囲内でのモンスターを相手にした自信である。
災害指定のモンスターなど想定していない。だからこそ、自分の能力が信じ切れず、今この場において、どうしようもない落ちこぼれの戦士だとばかり思っていた。
だが今、自分よりも遥かに経験も実力もあるベテランたちが、自分を信じて命を預けようとしている。
「作戦はこうだ……」
ブリッツの低く落ち着いた声が、ディグの耳に届く。
――――
――そして、現在に戻る。
ディグの震えは、恐怖から武者震いへと変わっていた。
――――
一方、ギルド長・スパイクはというと。
「この時期は南下するのか。繁殖期の影響?」
魔境の生態系の新しい発見を楽しんでいた。




