第22話 男の面目
「ハァッ……、ハァッ……!」
緊急クエスト終了まで、残り2分。
災害指定モンスター『飛龍』が巻き起こす暴風と破壊の嵐の中、レシーブの体力は確実に限界へと近づいていた。
成人女性を一人抱えたまま、足場の悪い魔境を全力で逃げ続ける。それがこれほどまでに肉体的、精神的に削られる行為だとは、身をもって体験するまで想像もしていなかった。
(くそっ……俺の修行不足だ)
己の未熟さを痛感し、内心で強く唇を噛み締める。
だが、レシーブは決してその焦りや疲労を表情には出さなかった。
(あの人なら、息も上がってないんだろうな。……いや、逃げ回る必要もないのかも)
かつて見た背中を思い出し、笑顔を作り力みを抜く。
「大丈夫ですよ、お姉さん。あと少しですから」
腕の中で不安そうに身をすくめる彼女――クロスを安心させるため、レシーブは余裕のある笑みを浮かべてみせる。
絶対に生きて帰る。その強烈な決意が、少年の重い両足を前へ前へと突き動かしていた。
しかし、無情にも飛龍の執拗な視線は、目立って動き続けるレシーブたちから一向に外れる気配がなかった。
――――
「あーもー! 見ろよ、レシーブのガキ限界じゃねえか!」
少し離れた倒木の陰。飛龍の死角に潜んでいたクイックが、忌々しげに舌打ちをして声を荒らげた。
「……やるか?」
隣で大盾を構える相棒のブリッツが、静かに問う。
「ああ。あんなガキにいい格好されたまま逃げ帰るなんて、俺の面目が丸潰れだ」
「違いねえ。手伝うぞ」
ブリッツはそう言うと、背中の荷物からサブウェポンの大型クロスボウを素早く取り出し、カチャリと重い音を立てて矢を装填した。
「お前、マジでそんなフル装備持ってきてたのか」
「場所が場所だからな。備えあれば憂いなしだ」
皮肉めいたクイックの軽口に、ブリッツがニヤリと笑って返す。
言葉を交わしたのは一瞬。ベテラン二人の意思疎通は、それだけで十分だった。
――――
「うおりゃあああぁぁッ!!」
クイックが倒木の陰から飛び出し、飛龍の死角からその巨大な脚に向かって一直線に突進した。
渾身の力と共に、愛用の大剣を豪快に振り抜く。
――ガキィィィンッ!!
激しい金属音が響き渡り、火花が散る。災害指定モンスターの分厚い鱗は無情なほどに硬く、クイックの刃は浅い傷ひとつつけられずに弾き返された。
足元を攻撃された飛龍が、首を捻りクイックを睨みつける。まるで鬱陶しい小バエを見るように。
レシーブに向いていたヘイトが、完全にクイックへと移った瞬間だった。
巨大な黄金の瞳と、真正面から視線が交差する。
普通なら腰を抜かすほどの圧倒的なプレッシャー。だが、クイックは落ち着いて飛龍を見据え、不敵に口角を釣り上げた。
「……っへ!」
クイックが笑ったその直後。
――ヒュンッ!
空気を切り裂く鋭い風切り音と共に、ブリッツの放ったクロスボウの矢が、見事飛龍の右目へと深々と突き刺さった。
『ギュルルルルロォォォォォオオオッッ!!』
眼球に走った激痛に、飛龍は狂乱の絶叫を上げて天を仰いだ。
「レシーブ! 今のうちだ! さっさと離れろォ!!」
クイックが叫ぶ。
それを合図に、クイックと矢を放ち終えたブリッツは、蜘蛛の子を散らすように左右へと瞬時に散開した。
激痛に悶絶し狂乱状態に陥った飛龍は、見境なく巨大な尻尾を振り回し、周囲の巨大な木々を次々と薙ぎ倒していく。
轟音と土煙が舞う中、大人たちの泥臭い援護によって作られた一瞬の隙を突き、レシーブは再びクロスを強く抱き直し、森のさらに奥へと駆け出していった。
――クエスト終了まであと1分。




