第21話 意外とやる
私の名前はクロス・ボーガン。王都の隅で親から受け継いだ小さな薬屋を営む、24歳の女だ。
なぜ私がこんな魔境にいるのか。理由は簡単、質の良い薬草を自分で採取するためだ。
薬屋の利益を出すには、仕入れ値を抑えるのが一番。だから私は冒険者登録をして、自らダンジョンへ入っていた。
ところが先日、私がよく行く採取場所が『4等級以上推奨』のダンジョンに指定されてしまったのだ。
等級が足りないせいで、余った薬草をギルドに買い取ってもらう際の価格が半分に減額されてしまった。
死活問題である。
このままでは、まだ見ぬ王子様との結婚資金が貯められない。
だから私は、しぶしぶ4等級への昇級試験を受けに来たのだ。
前半の『はじまりの横穴』での試験は、ただ慎重に罠を見破るだけ。戦わなくて良いのだから、私にはむしろ簡単だった。
だが、後半の試験はまさに地獄だった。
協力してミッションをこなすために組んだ戦士の男が、とにかく不器用すぎたのだ。
隠密の『お』の字も知らないような足音でズカズカと森を歩き、不要な戦闘を避けるという考えが全くない。
この格上の魔境で、遭遇したモンスターにいちいち立ち向かっていればどうなるか。結果は火を見るより明らかだった。
安全マージンを取らない戦士との無茶な冒険はこれ以上続けられない。生命線である自身の回復魔法を秘密にし、私は早々に探索を切り上げさせ、命からがら逃げ帰ってきたのだ。
当然、試験は不合格。
そして今、泣きっ面に蜂とばかりに、災害指定の飛龍が襲来してきた。
逃げ遅れた私は、凄まじい勢いで迫り来る飛龍の尻尾を前に、死を覚悟して目を閉じた。
(ああ私、彼氏ができないまま……。助けて王子様)
そんな走馬灯がよぎった瞬間、強い力で腰を引かれ、体が宙に浮いた。
目を開けると、先ほどまで私が治療していた、顔がボコボコだった少年が、私を『お姫様抱っこ』して微笑んでいた。
すると、少し離れた場所から魔法拡声器を通した試験官の焦った声が響き渡った。
怒鳴り声のようなその指示を聞いて、少年は腕の中にいる私へ視線を落とすと、少し気まずそうに言った。
「……あ、ありがとうございます」
死の恐怖で声すら出せなかった私は、ただ涙目でコクコクと首を縦に振って頷くことしかできない。
飛龍の暴風が吹き荒れる中、少年は私を抱えたまま、軽やかな身のこなしで瓦礫や倒木を蹴り、次々と飛龍の死角へと移動していく。
その横顔には、死地にあっても絶望しない、強い意志が宿っていた。
震える私を安心させるように向けられた、あの屈託のない笑顔。
『お姉さん、ちょっと揺れるから舌噛まないでね』
耳元で聞こえた、男の子の声。
(……あ、これは)
極限の吊り橋効果か、それとも純粋な彼の魅力か。
24歳の薬師クロス・ボーガンは、自分より一回り近く年下の少年の腕の中で――不覚にも、ときめいちゃいました。
――――
一方、拠点広場の片隅。
ひっくり返った長机と、へし折れた迷彩柄パラソルの陰という、魔境においてはあまりにも心許ないバリケードに身を潜めているのは、試験官であるサーブと、トスだった。
「ひえぇぇ……やっぱり飛龍ってヤバいっ。山蛙くんのご飯のクセに!」
頭を抱えて震えるサーブだったが、その視線はしっかりと広場を逃げ惑う受験者たち、そして――弟の姿を追っていた。
(ああもうっ、起きるのが遅いよバカ弟!)
内心で悪態をつきながらも、飛龍の尻尾から間一髪で逃れたレシーブの姿を確認し、サーブは深く安堵の息を吐いた。
もし自分がボコボコにして気絶させたせいで逃げ遅れてお陀仏になったら、実家に顔向けできないところだったし、誰が犬のタロを散歩に連れて行くのかなどを気にしていた。
だが、安堵に続いて彼女の目に飛び込んできたのは、予想外の光景だった。
レシーブが、自分より年上の綺麗な薬師のお姉さんを『お姫様抱っこ』したまま、飛龍の死角を突いて見事な足捌きで森を駆け抜けているのだ。
その顔には焦りではなく、腕の中の女性を安心させるような頼もしい笑みすら浮かべている。
(……おや?)
サーブは思わず目を丸くした。
つい先ほどまで自分にボコボコにされて弁当を奪われていたあの弟が。
(なんか、ちょっとだけ男前になってる……?)
姉としては、少しだけ鼻が高かった。
立派に女の子をエスコートして、死地を生き抜こうとしている。
これなら、将来孤独死する心配もないかもしれない。お姉ちゃん、ちょっと感動である。
「トスちゃん、見て見て! うちの弟、意外とやるじゃん! あのお姉さん惚れちゃうんじゃないの~?」
サーブは身を屈めたまま、隣にいるトスの肩を小突いた。
「…………」
だが、返事はない。
不思議に思って隣を覗き込んだサーブは、『ッヒュ』と小さく息を漏らす。
トスは、ただレシーブたちの方をジッと見つめていた。
(え? な、なにこの空気……)
魔境の風よりも冷たい空気が、トスから発せられている。
「ト、トスちゃん……? 心配だよね、わかるよ。でも大丈夫。うちの弟、あー見えて頑丈だから! ほら、ちゃんと逃げ切れてるし!」
必死にフォローを入れるサーブ。だが、トスはピクリとも表情を変えない。
(……もしかしてこれ)
サーブの野生の勘が、強烈なアラートを鳴らす。
(レシーブ……頑張れ☆)
サーブは静かにパラソルの陰で身を縮めるのだった。




