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元エリート役人の天下り先は冒険者 ~自作マニュアル(物理)で実現する死亡率ゼロの職場改革~  作者: マルシュナの散歩係


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第16話 断末魔の連鎖

 時間を少しだけ巻き戻す。


 魔境『山蛙の巣』の朝は、無駄に早い。


『ギャオオオオオォォォッ!!』


 地鳴りのような、空気をビリビリと震わせる何かしらの巨大モンスターの断末魔。それは山蛙の朝ご飯の時間であり、すなわち、この森における日の出の合図である。


「……んぁ、今日は飛龍かぁ。最近多いな、発情期?」


 ギルドが建築した宿直用のログハウス。その中に置かれた備品のパイプベッドからむくりと起き上がったサーブは、ぼんやりとした頭で目を 33 の形のまま、枕元の縦置き式カレンダーに山蛙の朝ご飯『飛龍』と乱雑に書き込み、そのまま二度寝に入った。


 一年前、あんなに泣き叫んで怯えていた『災害指定』モンスターの断末魔を、いまの彼女は完全に『起きないで良い目覚まし時計』程度にしか認識していなかった。


 ちなみにこのログハウス、魔境のど真ん中にあるにもかかわらず、防モンスター魔法の類は一切付与されていない。


 過去に一度、スパイクが魔法で結界を張った拠点を建てた際、山蛙に跡形もなく粉砕されたからだ。


 逆に言えば、結界さえ張らずに大人しくしていれば、山蛙は『優秀な撒き餌』である彼女の家を壊すことはない。そうして生まれたのが、この完全無防備な木造ログハウスである。


 彼女は完全に、このイカれた環境の食物連鎖の特殊なポジションに適応していたのだ。


 数時間後――


 太陽の位置が頭上へ移動するまで二度寝を決めたくせに、未だに重い瞼をこすりながら、サーブはログハウスの外へと出る。


 今日は週に一度の四等級昇級試験日。彼女はその試験官なのだ。


 まずはログハウス前の広場に、日よけ(自分用)の迷彩柄パラソルをバサッと素早く展開し、その下に折りたたみ式の長机をドンと設置する。


 そこに『四等級昇級試験 受付窓口』と書かれたプレートとバインダーを置き、最後に、ギルドの備品であるパイプ椅子を数脚並べる。


 以上、準備終了。


 鬱蒼と茂る森の木々と、時折遠くで響く怪物の咆哮。その血生臭い大自然のど真ん中に突如として現れた、あまりにもシュールな『冒険者ギルドの野外窓口』が完成した。


「よし、設営完了!」


 パイプ椅子に深く腰掛け、ふてぶてしく背もたれに身体を預ける。


 しかし次の瞬間、彼女のお腹が『きゅるるる』と盛大に鳴り響いた。


「……お腹すいた。朝ご飯食べ忘れてた」


 と、彼女が空腹に耐えかねていたその時。


 広場の少し離れた場所に設置されている『転移魔法陣(魔境側出口)』が、淡い光を放ち始めた。


 受験者が到着したのかとサーブが顔を上げると、光の中から見慣れた二つの影が姿を現した。


「あ! トスちゃん……とレシーブかぁ」


「何でガッカリすんだよ!」


 あからさまに露骨な態度をとったサーブに、弟のレシーブがすかさず噛み付く。


「だって、あんたお土産ないもん」


 身も蓋もない理由を突きつけられ、レシーブが言葉に詰まる。そんな姉弟のやり取りを横目に、トスが優しく微笑みながら一歩前に出た。


「サーブお姉さん、こんにちは。これ、最近王都で発売されたクリーム菓子です。差し入れに買ってきました」


「トスちゃん大好き!!」


 トスが持つ可愛らしい包みを見た瞬間、サーブの表情はパァッと輝き、満面の笑みでトスを抱きしめ、包みを受け取った。


「そんなんだから太るんだよ」


 お菓子袋を抱きしめて喜ぶサーブの横から、レシーブがボソッと憎まれ口を叩いた。


「……は?」


 サーブの笑顔がピキリと凍りつき、その目に明らかな殺意が宿る。


 すかさずトスがレシーブの背中をバシッと叩いた。


「サーブお姉さんは全然太ってないですよ! レシーブ! 何言ってるの!」


「っけ!」


 レシーブはそっぽを向きながら、バツが悪そうに舌打ちをする。


「あんた何しに来たのよ! 喧嘩売りに来たの!?」


「お姉さん落ち着いて! 焼き餅焼いてるだけなんです! ね!」


 一触即発の姉弟の間にトスが必死に割って入り、両手を振って弁明する。


「そうだ! おば様から荷物を預かってるんです! 私の鞄に入ってるんです!」


 そう言ってトスが取り出したのは、綺麗にたたまれた着替え一式だった。


「……汚れ物あったら持って帰ってこいとも言われてる。……洗濯物くらい自分でやれよ」


 レシーブがぶっきらぼうに言い放つ。その言葉に、サーブの額に青筋が浮かんだ。


「あー言ったな! 三級試験、特別に私が試験官してあげようか!? 内容知ってるからできるよ! スパイクさんじゃないから、受験生の命の保証まではできないけどね!」


「やめてください! 一緒に私も死んじゃいます!」


 魔境仕様に鍛え上げられた試験官(姉)の物騒な提案に、トスが涙目で悲鳴を上げた。


「一緒にお昼食べましょう! お弁当も預かってるんです!」


 必死のトスの言葉に、サーブの怒りのオーラが一瞬で霧散した。


「お弁当!? やったー! 待っててね、汚れ物とってくるねー!」


 現金なもので、サーブは満面の笑みを浮かべると、スキップするような足取りでログハウスへと駆け込んでいった。


 残された広場で、トスがジロリとレシーブを睨みつける。


「レシーブ! 姉弟喧嘩はやめてよね!」

「……っち」


 レシーブは罰の悪そうな顔で視線を逸らした。


 数分後――。


「ゴメンお待たせ。ちょっと多いけど入る?」


 両手に洗濯物の山を持ったサーブが戻ってきた。


「大丈夫です! こないだ魔法鞄新調したんです!」


 トスが自慢げに真新しい鞄を開き、サーブの洗濯物を次々と収納していく。


「うわ、くっせー。トス、先に弁当を取り出しとけよ」


 収納されていく洗濯物から漂う魔境のサバイバル臭に、レシーブは鼻をつまみながら顔をしかめ、トスの鞄に手を突っ込み、勝手に弁当を取り出した。



「っ……! ト、トスちゃん、ゴメンね……」



 レシーブのデリカシー皆無な一言に、サーブは顔を真っ赤にして涙目になっていた。年頃の乙女にとって、「臭い」という指摘のダメージは計り知れない。


「ち、違いますよ! これは常識的な臭いの範疇です! むしろ、この環境を考えれば、ほとんど無臭と言っても過言じゃないくらいです!」


 慌ててサーブをフォローすべく、トスが身を乗り出して力説する。だが、その必死なフォローはかえって『やっぱり臭いことは臭い』という事実を残酷なまでに浮き彫りにしてしまっていた。


「くっせー! ギャハハハ!」


 そんな姉の複雑な乙女心など微塵も察する気がないレシーブは、何が楽しいのか弁当を抱えながら、ケタケタと笑い転げている。


 それを見た瞬間、トスの中で何かがプツリと切れた。


 それはもはや、単なる身内の姉弟喧嘩への呆れではなかった。恥じらいを持つ一人の女の子の尊厳を無神経に踏みにじる行為に対する、同じ『女』としての深く静かな怒り。


「…………もう、知らない」


 先程までの必死な仲裁が嘘のように、トスはスッと氷のような真顔になり、全てを諦めた瞳で笑い転げるレシーブを見下ろした。


 そして、くるりとサーブの方へ向き直ると、極めて穏やかな、それでいてどこか絶対零度の響きを帯びた声で告げた。


「……弟に『言って良いこと』と『悪いこと』の区別を教えるのも、姉の立派な仕事だと思いますよ。お姉さん」


「トスちゃん……」


 それはトスからの静かな、しかし確かな『GOサイン』であった。


 その一押しを受けた瞬間、涙目で俯いていたサーブの雰囲気が、劇的に変わった。ゴゴゴゴゴ……と、魔境の淀んだ空気すら震え上がるような、圧倒的なプレッシャーが辺りを包み込む。


「あ? な、なんだよ……」


 只事ではない殺気に気づき、レシーブの笑いがピタリと止まる。


「……そうね。お姉ちゃん、ちょっとアンタを甘やかしすぎちゃったかもしれない」


 ゆっくりと顔を上げたサーブの目は、もはや完全に据わっていた。その背後に修羅の幻影が見えたのは果たして気のせいだろうか。


「ひっ!? ちょ、待っ……ギョアアアアアアッ!?」


 魔境の空に、飛龍とはまた違う、哀れな少年の断末魔がこだました。 四等級昇級試験の受付開始まで、あとわずかである。




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