第15話 ブリッツ
「ハァッ……ハァッ……! ま、間に合った!?」
全身を脂汗で濡らし、息を荒らげながら最深部へと滑り込んだクイックに、待機していたモブログが手元の時計とバインダーを交互に見比べて頷いた。
「お疲れ様です、クイックさん。タイムは27分45秒。見事五等級認定です。このまま四等級試験は受けられますか?」
「当たり前だ……っ。このまま四級を受ける!」
息も絶え絶えになりながら銅五枚をカウンターに叩きつけるクイック。
十五年の意地と経験でなんとか時間内踏破をしたのだ。ここで引き下がる理由などない。
モブログは慣れた手つきで銅紙幣を回収し、受験票にスタンプを押す。
息を整えながら周囲を見渡すと、広場に集まっている『五等級認定者』はクイックを含めても十人程度しかいなかった。
先ほどまで外に溢れかえっていた中堅冒険者たちの数を思えば、いかにあの子供騙しのような『嫌がらせ』の脱落率が異常かが窺える。
やがて規定の三十分が経過すると、モブログは魔法拡声器を手に取り、そのわずかな合格者たちに向けてのんびりとした声でアナウンスを始めた。
「はい、時間になりました。それでは四級昇級試験を受ける皆さん、これより奥の転移魔法陣から『山蛙の巣』まで進み、向こうで待機している職員の指示に従ってください」
「……は? どういうことだ? 山蛙の巣?」
思わぬ単語に、クイックは間の抜けた声を漏らした。
ここは『はじまりの横穴』だ。山蛙の巣などという、絵本に出てくるような名前の階層など聞いたことがない。
「クイック。お前も来ていたのか」
不意に背後から声をかけられ、クイックが振り返る。
そこに立っていたのは、フルアーマーを着込んだ赤髪の男。クイックと同じく中堅冒険者であり、友人のブリッツだった。
「ブリッツ!? お前、いつの間に……いや、いたのか?」
「ああ、俺は前回ここまではクリアできたからな。5等級以上の認定者は前半の試験が免除されているんだよ。だから職員通路を通って、ここでずっと待機していた」
ブリッツは肩をすくめながら答えた。
「……免除? これは何回も受けるような難易度なのか?」
「お前……、もしかして四級試験の情報収集していないのか?」
ブリッツが心底呆れたような、そして少し同情するような目をクイックに向ける。
「ああ。こないだ素材換金でダンジョン規定が何たらとか言われて、素材を半額で買い叩かれたからな。仕方なく来たんだよ」
「なるほどな……。あの悪意の塊みたいな前半戦を、初見でクリアか。さすがは『猛牛扇舞』だな」
ブリッツの口から出たその単語に、クイックの顔がカァッと真っ赤に染まった。
「やめろ! その名を出すな! 若かったんだよ! 若気の至りだったんだ!」
十五年前、冒険者登録の際に『なんかカッコいいから』という理由だけで勢いでつけてしまった黒歴史。
数年後、病が完治したあとに知った、変更手数料が『銀五枚』という足元を見た価格設定だったため、意地を張ってそのままにしていたのだ。
「それを言うならお前だって……」
クイックの言葉に手を出して遮るブリッツ。
「おっと、俺の冒険者登録名は『赤髪』のブリッツだ。間違えるなよ」
「なん……だと。お前……銀5枚、払ったのか?」
かつて、一緒にぼったくり手数料と罵り、誰が払うかと誓いを立て、共に酒を酌み交わした盟友の心変わり(登録名変更)に、クイックの顔には様々な感情が浮かぶ。
「……お前、ほんとにギルドの何が変わったとか気にしてなかったみたいだな」
感情を整理しきれないクイックの百面相を見て、ブリッツは小さくため息をついた。
「いいか。一回だけなら、登録名の変更は無料になったぞ。二回目からはきっちり銀5枚取るらしいけどな」
「……マジで?」
クイックの動揺がピタリと止まり、歓喜の色が顔に出る。
長年彼を苦しめてきた十字架から、タダで解放されるというのかと。
「マジだ。新体制になってから、無駄なぼったくり手数料はいくつか廃止されたらしいからな」
「…………」
厳しいペナルティと、容赦のない嫌がらせのような試験。
だが、その裏で理解しがたいぼったくり制度も密かに改善されているという事実。
(……良いこともするのか)
ほんの少しだけ、今のギルドに対する評価が上書きされたクイックだった。
――――
一方そのころ。
クイックたちがこれから足を踏み入れる転移魔法陣の先――魔境『山蛙の巣』では。
「あばばばばば……っ」
若手の顔であるはずのレシーブが、その顔をボコボコに腫れ上がらせて地面に突っ伏していた。
その傍らでは、相棒のトスが深くため息をつきながら頭を抱えている。
彼らから数歩離れた場所にぽつんと置かれた木製のベンチ。
そこには、先ほど実の弟を容赦なくボコボコにし、彼が持っていた『お母さんのお弁当』を奪い取って、もしゃもしゃと幸せそうにおにぎりを頬張る、ギルド職員サーブの姿があった。
「ん〜! やっぱりお母さんのおにぎり最高!」
「俺の……弁当」
「あんたはその辺の雑草でも食べてなさい! あ、トスちゃんは卵焼き食べる?」
「……はい、いただきます」
一年の時を経て、かつてのポンコツ新任職員は、若手冒険者のホープ(実の弟)をボコボコにするほど逞しい姿へと変貌を遂げていた。
――レシーブが、なぜ実の姉にここまで完膚なきまでに叩きのめされる事態になったのかの顛末については、少し時間を遡るため次回に譲るとして。
一つだけ確かなことは、これから気合を入れて転移魔法陣をくぐってくるクイックたち『四等級受験者』を待ち受けているのが、どこぞのギルド長の手によって『ネジを外された』この女だということである。




