第14話 おもちゃの弓矢が当たる!
少し進んだ先の開けた通路。そこには、俺より一足先に入っていた顔見知りの中堅冒険者、モエーブの姿があった。
あいつも俺と同じ六等級。ぶつくさと文句を垂れながら、昔のぬるい記憶のまま、周囲を大して警戒もせずにズカズカと歩を進めている。
その時だった。
『ポスッ』
気の抜けた音と共に、壁の不自然な隙間から勢いよく飛び出した何かが、モエーブの額に見事命中した。
「……あ?」
俺は思わず足を止め、目を疑った。
モエーブの額に吸い付いていたのは、先端に吸盤のついた『おもちゃの矢』だったのだ。しかもご丁寧に、持ち手の部分には『即死トラップ』と書かれた小さな旗までペラペラと揺れている。
「ぶはっ! アハハハハハ!」
あまりの間抜けっぷりに、俺は腹を抱えてゲラゲラと笑い転げた。
「おもちゃの矢って! おいおい、ギルドはダンジョンをお遊戯会の会場とでも勘違いしてんのか!? ひーっ、腹痛てぇ! おいモエーブ、お前『即死』したらしいぞ!」
笑い飛ばす俺の前で、モエーブ自身も「ちっ、なんだこのふざけた子供騙しは」と呆れ顔になり、額の矢を乱暴に引き抜いて床に投げ捨てた。
だが、直後。
ダンジョン内に設置された魔法スピーカーから、無機質なギルド職員のアナウンスが響き渡った。
『――受験番号十三番、モエーブさん。即死トラップに引っかかりました。試験終了となります。次回の挑戦をお待ちしております』
「ハハは……は?」
俺の笑い声が、ピタリと止まった。
アナウンスを聞いたモエーブの顔からサァッと血の気が引き、直後に恥ずかしさと怒りで真っ赤に染まっていく。
「ふざけんな! こんなおもちゃで試験終了だと!?」
モエーブは魔法スピーカーに向かって怒鳴り散らした。
しかし、魔法スピーカーは反応しない。モエーブは「やってられるか!」とブツブツ言いながら来た道を戻っていく。
静まり返った通路。俺の背筋に、冷たい汗がツーッと伝い落ちる。
「……こりゃ、やべえぞ」
俺は理解した。モエーブの野郎が反応できなかったのは、おもちゃだからじゃない。
『ここは初心者向けのぬるい横穴だ』と、完全に油断しきっていたからだ。
もしあの吸盤の矢が俺の額に当たっていたら?
俺は不合格になり、また素材を半額で買い叩かれる地獄の生活が続く。
「ふざけやがって……!」
『――受験番号八番、モビーさん。即死トラップにて試験終了となります』
『――受験番号十五番、シーモブさん。即死トラップにて試験終了となります』
次々とスピーカーから読み上げられる脱落者の名前。その全てが知っている冒険者たちの名前で埋め尽くされている。
昔の『はじまりの横穴』のつもりで挑んだ既存の冒険者たちは、本物の危険がないからこそ油断し、見事なまでに足元をすくわれている。
だが一方で、俺の後ろから入ってきた新規のひよっこ共はどうだ。
奴らは魔法スピーカーから響く脱落アナウンスに怯えるどころか、足元を杖で小突いたり、壁の不自然な隙間を慎重に確認したりしながら、油断なく進んでいく。
新規の連中は、この試験の意図を正しく理解し、おもちゃだろうが本物だろうが、決して油断することなく丁寧に見破って回避できているのだ。
「ちっ、性格悪すぎんだろ、クソギルド……!」
あえて安全な仕掛けにすることで、中堅のプライドと過去の経験という弱点を的確に突いてくる。この試験を考えた奴の底意地の悪さに、俺は悪態をつかずにはいられなかった。
だが、ここで落ちるわけにはいかない。なんてったって生活がかかっている。
「嘗めてんじゃねえぞ。俺の十五年の経験は、伊達じゃねえんだよ」
ここからは、いつもの命懸けの狩り場と同じだ。床のわずかな色の違い、壁の不自然な傷、空気の匂い。五感を極限まで研ぎ澄ませ、罠を一つひとつ確実に見破るしかない。
『――受験番号二十二番、即死トラップにて……』
定期的に響く、ギルド職員の嫌味なほど淡々としたアナウンス。それを聞くたびに、俺の口からは自然と毒づく言葉が漏れる。
「うるせえんだよクソスピーカー! っつーか、即死トラップ多すぎだろ! クソギルド!」
俺は額に冷や汗を浮かべながら、おもちゃの罠が潜む地獄の初級ダンジョンへと、慎重に足を踏み出していった。
――――
一方、試験会場ダンジョン最深部。
そこには、合否判定の拠点として待機しているギルド職員、モブログの姿があった。
「モブログさん、お疲れ様です」
「お疲れ様。行ったり来たりさせて、すまないね。はい、これ今回の監査料。こっちの受領証にサインをお願い」
「うっす! まいどあり!」
モブログから差し出された封筒を受け取り、レシーブは渡された羽ペンで手早く受領証にサインを書き込む。
労いの言葉と共にバイト代――もとい、立派なギルド業務の報酬を受け取ったレシーブは封筒をそのままトスに渡し、管理用魔法モニターを見てニヤリと笑った。
「いいっすよ、にしても、今日はえらく盛況ですね。外も中もおっさんたちで溢れかえってましたよ」
「ああ、先日のダンジョン規定の変更が、やっぱり効いてるみたいだね。既存の中堅冒険者の受験数がいつもの数倍に増えている。これで、四等級への挑戦者も増えるだろうね」
モブログは手元の書類に目を落としながら、狙い通りと言わんばかりに頷いた。ダンジョンランク設定によるペナルティは、かつての中堅たちを動かすのに十分な劇薬だったようだ。
「へっ、俺も早く三等級に挑戦したいぜ!」
「ダメ。私たちじゃまだ力が足りない。今の四等級の依頼だってギリギリなんだから、調子に乗らないの」
意気込むレシーブだったが、すかさず隣のトスから容赦ないダメ出しが飛ぶ。
「わ、わかってるよ……」
すっかりトスに手綱を握られ、シュンとするレシーブの姿に、モブログは思わず苦笑いをこぼした。
「ははは。じゃあ、二人は今日はもうこのまま帰るのかい?」
「いや、姉ちゃんに用があるんで。今から『山蛙の巣』に行かせてください」
「私もサーブさんに会いたいから、一緒に行きます」
レシーブとトスが当然のようにそう言うと、モブログは優しく微笑んだ。
「ああ、そうなんだね。気をつけて。グリーン君にもよろしく伝えておいてくれ」
「うす!」
「はい!」
レシーブとトスはモブログに一礼すると、最深部のさらに奥――かつて転移トラップと呼ばれた魔法陣へと迷いなく向かっていった。




