第13話 クイック
「ふざけやがって……なんで俺が、こんなガキ共と横並びで試験なんて受けなきゃならねえんだ」
俺の名前はクイック。冒険者歴十五年、それなりに修羅場も潜ってきた自負がある中堅と言える冒険者だ。
一年前、ギルドの上層部が総入れ替えになり、あのふざけた『冒険者ランク制度』とやらが始まった時、俺に突き付けられたのは『六等級』という下から二番目の評価だった。
冗談じゃない。俺はこれまで単独で2類の魔物を狩ってきたんだ。それが、昨日今日剣を握ったようなひよっこ共に毛が生えた程度のランクだと?
当然、俺は抗議した。だが、鉄面皮のギルド職員は「過去の討伐実績ではなく、現在のギルドの定める安全基準と基礎能力チェックに基づいた暫定評価です」などと、お役所言葉を並べ立てるばかりだった。
むかついた俺は、そんなお遊びみたいな昇級試験など受けてやるものかと、ギルドからの通知をずっと無視し続けていた。
別にランクが低くたって、俺の剣の腕が落ちるわけじゃない。いつもの狩り場で魔物を狩り、そのままギルドに素材を売ればその日の酒と飯には困らない。ギルドの押し付けがましいシステムなんて、適当にやり過ごせばいいと思っていたのだ。
だが、甘かった。新ギルド長のやり口は、俺が思っていた以上に陰湿で、逃げ道を徹底的に塞ぐものだった。
先週のことだ。いつものように俺が根城にしていた狩り場で手に入れた上質な素材を抱え、意気揚々とギルドの買取カウンターへ向かった時のことである。
「こんにちはクイックさん。今回も緑の洞窟で採取された素材ですね。査定の前にギルド証の提示をお願いします」
「おう。今日は大物も狩れたからな、色つけてきっちり査定しろよ」
俺がカウンターにギルド証を置くと、受付の職員は、手元の書類とギルド証を照らし合わせて深くため息をついた。
「ちょっとクイックさん、あなたやっぱりまだ昇級試験受けてないんですね。相変わらず『六等級』のままじゃないですか」
「あん? そんなもん俺の勝手だろ。そんな事よりさっさと査定してくれよ」
俺の言い草に、職員はまたも深くため息をつき様子を変える。
「……クイックさんは現在『六等級』です。先日更新されたダンジョンランク規定により、緑の洞窟は『四等級以上』の攻略推奨ダンジョンに指定されました。よって、適正ランクを満たしていないあなたの素材は、ギルド規約『安全管理義務違反』のペナルティ対象となり、すべて半額買取となります」
「……はあ!?」
俺は思わずカウンターに身を乗り出した。
「半額だと!? ふざけんな! 俺はいつも通り、命懸けでこいつを獲ってきたんだぞ!」
「ええ、その『身の丈に合わない命懸けの危険行為』に対するペナルティです。事故を防ぐための抑止力ですので。それに、この規定変更については、前もって何度も通達してましたよね?」
「知るかそんなもん! 俺は今まで何度もあそこから生きて帰ってきてるんだよ!」
「でしたら、なおさら規定通りに……」
「ま、待て! じゃあ違う、こいつは『緑の洞窟』じゃねえ! 別の初級ダンジョンで狩ってきたんだよ!」
ペナルティを逃れようと、俺は苦し紛れにそう言い放った。すると職員はスッと目を細め、手元の素材と俺の顔を交互に見比べた。
「……初級ダンジョンで、ですか? このクラスの魔物が初級ダンジョンに出現したとなれば、至急調査が必要です。クイックさん、具体的にどこのダンジョンですか?」
「えっ、いや、それは……」
「虚偽の報告だった場合、かなり大きなペナルティになりますけど、本当に初級ダンジョンに出たんですね?」
一切の感情を排した冷徹な声と、逃げ道を塞ぐ冷ややかな眼差し。
完全に急所を突かれた俺は、引きつった笑いを浮かべて降参するしかなかった。
「……冗談だよ」
「でしょうね」
『今回だけは目をつぶるが、次は無い』。そう言わんばかりの鋭い視線で俺を射抜いた後、職員は何事もなかったかのように手元の書類へと目を落とした。
「規則は規則です。正当な価格での買取を希望されるのであれば、四等級へ昇級してください。――で、今回は半額で買い取りますか? それともお持ち帰りになりますか?」
有無を言わさぬその態度。かつての、ベテラン冒険者に凄まれればヘコヘコしていたギルド職員の面影はそこにはなかった。
持ち帰ってギルドを通さない闇市に持ち込んだところで、足元を見られて半額以下に買い叩かれるのは目に見えている。冒険者の生殺与奪を握る「金」という部分で、完全に兵糧攻めに遭ったのだ。
金が稼げなきゃ生きていけない。俺は泣く泣く、血と汗の結晶を半額で叩き売る羽目になった。
だから俺は今日、屈辱を噛み殺してこの『昇級試験』にやって来たのだ。適正価格の買取権利を取り戻すために。
(……だというのに、なんだあの乳臭いガキ二人は!)
広場の中央で、ドヤ顔で安全確認の報告をしている『黒猫』とかいうガキのパーティー。あれで四等級だというのだから、反吐が出る。ギルド長が変わってから、ギルドはああいうマニュアル通りの優等生ばかりを贔屓するようになったのかよ。
「――それでは、試験開始!」
魔法拡声器を通した職員の声を合図に、俺は舌打ちを一つしてダンジョンへと足を踏み入れた。
三十分以内にクリアすれば五等級認定、そのまま四等級への昇級試験が受けられるという話だ。
「上等だ。こんな初心者向けのぬるい横穴、十分で最深部まで踏破してやる」
俺は愛用の剣を抜き放ち、薄暗いダンジョンの中へと駆け出した。
だが、俺はすぐに新しい冒険者ギルドの、底知れぬ性格の悪さを思い知ることになる。




