居待月 ―― かぐや誕生
弥子は慌てて籠と布で体を隠した。
裸の娘を真横にぼーっとする蚕。
「せ、成長したな――」
「見てんじゃないわよっ」
弥子は蚕を掴むと、床に投げつけた。
「おばあさん、おばあさん、来てーっ」
外の作業場で翁の手伝いをしている媼を大きな声で呼んだ。異変を察して駆けつけてきた媼は、目を見開いて立ち尽くした。そこにいたのは、さっきまで眠っていたはずの赤ん坊ではなく、この世のものとは思えぬほど美しい、十八歳の娘だったからだ。
「あれま、大変だ。間違いなく神の子だ」
すぐに駆けつけた翁も、信じられない光景にその場にひれ伏し、夫婦揃って手を合わせて拝みだす。
「ぎゃっー、おじいさん、あっちいって。おばあさん、早く着るもの、貸して」
媼の小袖を着てようやく落ち着いた弥子は、二人の前に正座した。
「助けてくれたお礼にこの金の糸を受け取って。絹糸は高く売れるって聞いたから」
弥子が黄金の絹糸を差し出すと、翁と媼は目を丸くした。神の子が言うのだから、その通りにしよう――納得したようにうなずいて動き出した。
その日から、翁は竹職人を廃業、媼と共に絹商人となった。
父である蚕も、せっせと繭玉を吐き出した。翁がそれを町へ持ち込むと、売れに売れ、あっという間に立派な屋敷を手に入れた。
翁は、着物や必要なものを買ってきては、屋敷をどんどん立派にしていった。さらには商いの手を広げるために何人も使用人を雇い、家の中は活気に満ち溢れた。まさに成金街道まっしぐらの生活だ。
一つ困ったことが起きた。
翁も使用人も弥子のことを「姫さま」「かぐや姫」「神の子」「屋敷に美しい姫がいる」とあちこちで、言いふらすものだから、あっという間に有名人になってしまい、気軽に外出できなくなったのだ。しかもどこへ行くにも大勢の使用人がついてくる。
翁が成り上がったため、弥子の装いも麻の小袖から、絹の一重へと変わった。翁は貴族ではないため、絹で織られた一重を羽織るのが一般的である。
弥子は屋敷の離れに部屋をもらい御簾に「立入禁止」と刺繍した手巾を下げ、そこで父と一緒に引きこもることが多くなった。さらにこの時代にはない風呂を作るため、父が考えた図案を大工たちに手渡した。湯殿と休憩室は現在建設中である。
離れに続く広い庭も手入れし、様々な草木を植え、菜園に変えた。菜園の奥には月野海監修の蜂の巣箱も設置した。山で採ってきた蜜蝋と菜園の花がいい感じに蜜蜂を誘い込んでいる。
こうして弥子は、少しずつ快適に過ごす環境を整えていった。
神の子がいる神聖な場所となった離れにはあまり人が近寄ってこない。おかげで安心して、寝転ぶことも出来た。寝転んだ弥子の視線の先には、蚕が繭玉を吐き出している。
「今日はもうこのくらいでいいだろう。弥子、繭玉を集めてくれ」
弥子は体を起こし、転がっている繭玉を拾い集め籠に入れた。
「ねぇ、普通、蚕って繭玉を作って、その中で孵化するんでしょう。口から繭玉を出すってことは一生成虫になれないってこと?」
「そうだな。こいつはもしかしたら不老不死の体を手に入れたのかもしれないな」
そう言ったあと、海はしばらく黙り込んでしまった。自分たちには、やらなくてはならないことがある――繭玉製造に追われ、そのことをすっかり忘れていたのだ。
「今日あたり、抜け出して桑の木のところに行ってみない? ついでに川で釣りしようよ」
父親の返事も待たず、弥子は部屋の隅に置いてある竹で編んだ籠の蓋を開け、中から男物の着物を取り出した。
かつて翁が成り上がった際、「こんな汚い着物はもう要らぬ、捨てておいてくれ」と使用人に命じていた作業着として加工された麻の小袖。
それを弥子は「これは私にとっても大切な思い出。おじいさんがいらないと言うなら、私がもらい受けて大切にします。……あ、洗濯はしておいてね」と、それらしいことを言い、貰うことに成功。人知れず保管していた。
弥子は迷わずその小袖に袖を通し、「動きやすーい」くるっと回ってみせた。
さらに灰を指先につけ、迷いなく頬と鼻筋に塗りつける。細い炭を使って、眉を太くし、手慣れた手つきで髪を頭頂部に小さくまとめ、手ぬぐいでキリリと巻き上げた。
平安の一般的な姫の髪は地面に引きずるほど長いが、不思議なことに弥子の髪は、元のいた世界と同じ長さになった途端、伸びなくなってしまった。多少の怪奇現象的なところは、神の子だから、で済まされ、周囲を納得させた。
鏡の中には、美しいかぐや姫の姿はもういない。汚れた、どこにでもいそうな腕白な少年がそこにいた。
「よし、行こう」
弥子は裏手の塀へと向かった。門番たちは門にばかり気を取られている。弥子は忍者のごとく助走し、塀を蹴り、軽々と越えていった。
土と埃の混じった風が吹き抜け、路地には人々のざわめきや荷車の音が響いている。ひしめき合う家々の隙間をすり抜け、弥子は目的の桑の木を目指して歩き出した。




