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黄昏月 ―― 断罪

 清涼殿、昼御座――


「私は、ここのところ持病で床に伏せっておりました。政務を果たせなかったのは、私の不徳のいたすところ。しかし、病をおしてでも宴には参らねばならぬと思い、うちの者が止めるのも聞かず、こうして参内した私を咎めるのだけはお許しくだされ」


 平伏する大納言大伴御行を見て、公卿たちが嘲笑う。


「世間の取沙汰には、かぐやに色目をつこうたと」

「我も聞きつ。北の方と仲疎くし、かぐやと契りを交わすと息を巻いておられたとな」

「己の職責も忘れ、女子のために走り歩くとは、心憂き御有様かな」


 大納言大伴は囁きを消し去りたくて、声を張り上げた。


「根も葉もない噂にございます。北の方と離縁など、そのようなことは決して申しておりませぬ」


 帝は胡坐をかいた膝に肘を置き、御簾の向こう側を見据えている。


「左兵衛佐、そなた証を持っておるそうだな」


 左兵衛佐は待ってました、と言わんばかりにぺらぺらと話し始めた。


「はい。くだんの船頭が都で騒いでおりました。約束の対価をまだもらっておらぬと。大納言殿は筑紫(九州)の海まで行かれ、竜の頸の珠を探しておられた、と。大納言殿は財を使い果たしたので、もう払うことが出来ぬ、とすごすご都へお戻りになられました。されど、約束した銭が足らん、と船頭が取り立てに都まで参った次第にございます」


「左兵衛佐、いい加減なことを申すでない。あやつ、途中で値を吊り上げ……ああっ」


 大納言大伴は、慌てて自分の口を封じた。左兵衛佐が、にやにや笑っているのを見て、しまったと思ったが、時すでに遅し。皆の笑いものになり、針のむしろ状態で、ただ脂汗をかき、嵐が収まるのを待つしかなかった。

 

「筑紫とな。それはすぐには帰ってこれまい。長く顔を出さぬのも仕方ないことよ」

「大納言大伴殿、して、竜の頸の珠は見つかったのかのう」


 扇の向こうでくつくつと笑う声が響き渡る。大勢の視線が恐ろしく感じ、眩暈さえ覚える。


「右府よ、大伴は持病を抱えておるそうだ。これでは責務を任すことはできぬのではないか」


「左様でございますな」


 帝の問いに右大臣も頷いた。大納言大伴はぞっとして、自分の首に手を当てた。わなわなと震える手を床につけ、平伏する。


「降格だけはお許しを。決して、女子にうつつを抜かしたわけではござらん。うちの者もそれは分かっております」


 額を擦りつけて頼んだが、帝は黙っている。大納言大伴はもう、自分の保身しか頭になかった。妻は帝の腹違いの妹だ。名を出せば穏便に済ませてくれるはず。


「主上、妻は尊い身にございます。辛い目に合わせるなど、許されませぬ。どうか、よろづ穏便につかされますよう、お願い申し上げまする」


 ぴしゃりっ、御簾の向こうから扇を強く打ち付ける音が響く。


「世の聞こえあれば、北の方へ死ぬるにまさる恥を負わせ。さらにとどまらず、皇族の名を汚すとは、まこと許しがたいわ。財を失い、名を辱めた罪は重いと思え」


 激高する帝に、皆が凍りついた。さきほどまで笑い者にしていた男に同情の目が向けられる中、帝は冷たく言い放った。


「大伴は貴族としての矜持を失くしたようだ。宮中の出入りをかたく禁ずる」


 大納言大伴御行はそれ以上何も言えず、ただひたすら涙を流し、蔵人たちに連れ出されるまで、平伏していた。

 

(なぜこうなってしまったのか。すべてはかぐやのせいだ、自分はあの女に騙されたのだ)


 大納言大伴御行は全てを失った。


 北の方は出家の道を選んだ。

 人形ではない、生きている自分と向き合うために――


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