黄昏月 ―― 使者の訪れ
竹取の屋敷――
西の宮さまの使いの者が訪ねてきた、というのは表向き。顔を見せたのは、惟光である。
「いらっしゃい。どうぞ」
快く通され、離れに案内された惟光は、驚いてしまった。ここが、極楽浄土だと言われたら信じてしまうだろう。
「な、なんですか、ここは」
湯殿と隣接した休憩室を見て言葉を失った。弥子が出した条件を実行するために、実物を拝見させてほしいと頼んだのだが、あまりにも桁違いの世界が広がっていたので、愕然とした。
「これが、弥子さまの菜園……。おや、この木箱は?」
菜園の隅に置かれた箱に惟光が目を向ける。箱の周辺を蜜蜂が数匹飛び交っており、菜園に咲く花の蜜をせっせと運んでいた。
「蜜蜂を養っているの」
「蜜蜂? もしや蜂蜜もここから?」
蜜蜂を飼うことを試みている村はあるが、試験的な段階で、世に出回っているものは、山で見つけた蜜蜂の巣から採取したものだ。
「うん。この子たち、宮中に連れて行けるかな」
「……運ぶことができるでしょうか」
惟光は、忙しなく庭を歩きまわった。彼の目はきらきらと輝き、とんでもないプロジェクトに携わっているのかもしれないと、いたく感動と興奮を覚えた。
「これが、湯殿でございますか」
惟光は、見た感じ何の変哲ものない、高床式の小さな建物を見上げた。裏へ回ると壁から竹筒が飛び出し、外の樽へ流れ出るようになっている。樽の底付近に栓があり、抜くと竹筒を通って次の樽へ水が流れていく。その間に水は何度も濾過されていく。きれいになった水を汲み上げ、竃の鍋で沸騰させる。
「そう、残り湯は濾過させて、循環して使っているの。その方が、無駄がないでしょう」
「濾過?」
「濾すってこと」
「ああ、なるほど。水濾しでございますね。布で濾すのでしょう」
「そう。残り湯はこの竹を通って、小石や灰、何枚もの布を使って、濾過するの。最後に煮沸させて熱消毒するの」
現物を見せてもらった惟光は、目を丸くした。自分の知っている水濾し方法より遥かに優れていることに驚きを隠せない。様々な仕組みも、聞いたことのない言葉を使うのも、やはり神の子だから成せる業、と納得した。
休憩室の棚には、弥子のコレクションがずらりと並んでいる。
「これが、シャンプーとトリートメント、こっちは石鹸、これはハーブを乾燥させたもの」
「これは何ですか」
部屋の真ん中で、四角く盛り上がった布を指さした。その上には磨いた板が乗せられている。
「掘り炬燵。温かいよ。入ってみる?」
布を捲って手を入れてみた。驚くほど温かい。どうなっているのか確かめたくて、布をがばっと大きく捲り上げた。下がった床に小さな器が置かれ、中に炭が炊かれている。
(信じられない。私は、夢を見ているのだろうか)
「とにかく、色々見させていただきましたので、なんとか実現できるように手配いたします。それと――」
「曲水の宴?」
「公に紹介することは出来ませぬゆえ、几帳の中で御覧頂くことになります。されど楽しめるかと……。暁にお迎えに参ります。御帰りの御装束も用意しますゆえ、案ずる事はなさぬようにと――」
「泊まらないよ。だってまだトイレできてないし」
「その事は、いささか影もござらぬかと」
「うーん」
疑いの目を向けられても惟光は顔色一つ変えなかった。
「あのお方とお菓子を召し上がることができるやもしれませぬぞ」
「そうきたか。惟光、なかなかやるね」




