下弦の月 ―― 竜の頸の珠
梅の蕾がほんの少し膨らんできた二月初旬、ある男が竹取の屋敷を訪れた。
弥子は、一日の大半を湯殿に隣接する休憩室で過ごしている。掘り炬燵に入ってまったり、ぬくぬくしているところに下女がやってきて、御簾越しに言った。
「大納言大伴御行さまのお使いと申されるお方がいらして、姫さまに一目お会いしたいと申されております」
「は? 何しにきたの?」
「分かりません。雪の降る中、わざわざ参ってきたので、話くらいは聞いてほしいと仰られて、お帰りくださらないのです。主さまも無下には出来ず、お困りになられております」
「このくそ寒いのに、なんなの。炬燵から出たくないんだけど」
庭も荘園もすっかり冬景色、白に染まっている。雪雲がどんより空を覆っている。道はぬかるみ、足を取られてしまう。そんな日に、わざわざやってくるなんて、四人目の貴族としてやってきたのだろうか。弥子は炬燵の台に顎を乗せ、口を尖らせた。
大納言と言えば、昨年十月に皇族の幼い姫と結婚したばかり、新婚である。
「こんな日にわざわざ来たのは、大納言の勝手。私には関係ないよ。どうしても話がしたいなら、翁に聞いてもらって」
下女も寒さが身に染みるのか、弥子が出てきた試しがないからなのか、早々に母屋へ戻って行った。しばらくすると下女がまたやってきて、翁と大納言のやりとりを伝えに来た。
大納言の使い曰く。
『主は望まぬ結婚をして悔やんでおられる。ひとめ、姫君にお会いして、自分の心を慰めてほしいと嘆いておられるのです。どうか、主の願いを聞き入れてもらえぬか』
弥子は籠に盛ったみかんをひとつ手に取ると、ぶすりっ、真ん中に指を突っ込んだ。
「新婚だよ。もう浮気しようってこと? 女をなんだと思っているのよ」
納言は、四人目の貴族だ。追い返したところで、またやってくるに違いない。弥子は難題を出すことにした。
「竜の頭に五色の光る珠があるそうです。それを献上してくれる者がいれば、その者の願いをなんでも叶えると、かぐやが申しております。大納言さまの願いも聞き入れるでしょう」
四人目となると翁も慣れたのか、すらすらと言えるようになっていた。使いの者はすんなり帰っていった。
これまでの難題とは違い、まず竜を探さなくてはならない。平安時代、竜は実在するものと信じられていた。山や海から現れ、雲を呼び寄せ、雨を降らせる。海が荒れるのも竜が怒っているからだ。雷が鳴り、稲妻が空を切り裂くと人々は震え上がった。
「多分、諦めるよね。普通に考えれば」
「いや、分からんぞ。そんな簡単に物語は変更できないはずだ。原作の大納言は、正妻も妾も捨てて、かぐやと結婚しようとしていたからな」
「でも奥さんは、皇族のお姫さまだよ。さすがに簡単に離婚なんて出来ないでしょう。物語も原作通りに進んでいないじゃない。最初の男、石作なんて全然戻ってこないし。噂ひとつ聞かないよ」
「それはそうだが……」
外は冷たい風が吹いている。
難題を考えた張本人、帝は今頃何をしているんだろう。ダウンのコートがあれば、出かけられるのに。弥子は風の音を聞きながら、温かい蜂蜜柚子茶を口にした。




